yahyelがワンマンとしては約2年ぶりに恵比寿リキッドルームでライブを開催した。『THE CHOIR』とタイトルされた同公演は2部制で、各公演300名限定でチケットを販売。オーディエンスではなく“メンバー”として、チケット料金ではなく“スタジオ代”を徴取するというアティチュードも話題になった。しかも公演当日の“メンバー”としての役割を指示する誓約書と、当日のドレスコードであるバンダナも送付されるという入念さ。コロナ禍の先が見えない現状では、未だライブの現場は日常を取り戻せてはいない。ステージに立つ側にもオーディエンスにも緊張感が漂う中、各々の意思がなければ実現しなかったであろうこの日のライブの第一部をレポートする。
※本レポートでは一部演出・曲目についても紹介しています。ライブに参加されていない方、また配信をご覧になる予定の方は、注意してお読みください。
ライブレポート:yahyel 『THE CHOIR』
会場を見回して驚いたのは2階、1階、そしてフロア内にも複数の工業用扇風機が設置されていたこと。開演ギリギリまでフロアのドアは開放されており空気の循環が実感できる。そして床にはソーシャル・ディスタンシングを維持するために立ち位置のフットプリントが貼られている。空間に余裕がある分、後方でもステージがよく見渡せることに気づいた。
18時25分、開演前の合図が鳴り、公演に際しての注意事項がアナウンスされる。現実的に必要な注意喚起でもあるのだが、同時に一編のドキュメンタリーに参加する気持ちにもなる。その後、完全に場内が暗転した時、公共の場でここまで完全な闇の世界に立っていることが束の間yahyelの“メンバー”であることへの儀式のように感じられた。幕が開くと、“Hypnosis”のイントロとともに灰色の背景に4人のシルエットが浮かび上がる。ステージ右から山田健人(VJ)、篠田ミル(Sampling/Cho)、池貝俊(Vo)、大井一彌(Dr)。非常にアイコニックなたたずまいだ。池貝の繊細な歌い出しをはじめ、サウンドのアンビエンスに身を浸しながら、ステージ背後のスペースを最大限に使った幾何学やサンドストームの映像にも浸る。生のライブの情報量を感知する自分の肉体や感覚を久々に認識した。
続いてはインダストリアルな質感もある新曲を披露。大井のみならず、篠田もパッドを全力で叩く姿が目に飛び込んでくる。滑車が廻り続ける古いフィルムをエディットしたように見える映像が不気味な印象を残す。一転して4分のビートに自然に体が動く“The flare”。序盤から大きなアクションを伴い歌う池貝をはじめ、単独公演に2年のブランクがあったことを早々に忘れてしまう完成度だ。さらに初期から馴染みの“Once”で静寂から徐々にビルドされてサビに登り詰めるカタルシスを堪能。
大井のスネア・ロールから始まったドラムソロはエフェクトが施されていて、ダイレクトに身体で受け止める感覚。そこに怒涛のローが足元から上がってくると、「これこれ、これこそまさにライブ会場のフロアだ」と歓喜が走る。ああ、リキッドルームに帰ってきたのだなと全身が感知すると、自然と拍手とマスク越しの歓声が上がっていた。そして真っ赤なフロアライトに照らされてスタートした新曲。2曲目に演奏した新曲ほどダークではないが、ポップな中にもインダストリアルなサウンドが耳に残った。池貝があのバリトンボイスで短く「ありがとう」と言葉を発した後、山田のリバービーなギターの音色とエレピの残響がレイヤーを生み出しつつ、チャント(詠唱)のような反復へ繋がっていく構成に刮目。後で分かったのだがこの曲はMount Kimbieのカバーだった。
宗教曲のニュアンスはそのままこの日3曲目の新曲へ。教会で聴くようなオルガンの音色とスポットライトに照らされる池貝の姿が何か象徴的だ。懐かしさと哀しみを湛えたエレジーとソウルが融合されたこの曲はライブ・タイトルを端的に示唆していたように思う。続く“Body”ではサビで混沌の色合いが増すエフェクトがよりノイジーに空間を埋め尽くし、渦を巻くベースサウンドも相まって、思わずその場に立ち尽くす足に力が入る。それぐらい揺さぶられる。
「yahyelの皆さん、今日はお越しいただいてありがとうございます。これリハなんで。今日だけは楽しんで」という池貝の言葉に初めて笑いが起こる。そして彼が珍しくギターを持ち、歌い出したのは4 Non Blondesの“What’s up”。フルコーラス歌わずに、次なる新曲へ。神聖さと重さを携えたニュアンスだ。そこから“Pale”のイントロで歓声が上がる。ステージ上でクロスしていたライトがフロアも照らし、定位置でも自由に踊るオーディエンスが増えていく。ハウシーに展開していく後半、ストロボに照らされるメンバーの渾身のプレイ、直感的に動く池貝の熱量に巻き込まれるようにフロアの熱量も上昇していく。オーディエンス同士の距離感はyahyelのライブにおいて、カタルシスを邪魔するものではない。
新旧のレパートリーに加えて新曲やカバーも交え進行してきたライブの中でもユニークだったのが“Germany”のダブ・アレンジ。ギター2本のアレンジも珍しい上に、オレンジとグリーンというジャマイカを思わせるライティングも新鮮だった。意表をついた後は赤い背景に金文文字の「道」が現れ、ループするオリエンタルなリフに乗り“TAO”がプレイされる。篠田が挟むエフェクトの強度が増し、大井のシンバルが祭祀をクライマックスの高みにシンクロさせていく。長めにリアレンジされたアウトロのあいだ、腕を水平に伸ばしたまま直立する池貝の姿もシンボリックだった。
自然と起こる大きな拍手と歓声を受けて、池貝が「みんなには(メンバーなのに)何もしてもらえなくて申し訳ないけど、今日、みんなクビなんで、ごめんな。我々にとってはすごいことなんで」と笑いと感銘を同時に起こす発言をした。だが、この日の客は客ではなくメンバー、そしてこのメンバーはCHOIR=聖歌隊なのだ。歌えない聖歌隊というのも現状のライブ空間においてyahyelからの皮肉と愛の入り混じったメッセージだと受け取ったのだが、実際には静的な反応でも感情は発信できる。不思議な信頼関係が充満したフロアは居心地が良かったからだ。
ラストはいくつものドアが開く映像も示唆的な“Iron”。池貝の伸びやかなファルセットが響く。〈I just don’t want you to go / Why is it so hard to stay? / We’ve got it all〉――祈りと決意が空間を埋め尽くすような歌とサウンドスケープは真っ赤な背景に浮かぶバンドロゴとともにエンディングを迎えた。
約80分の一部から90分のインターバルを経て二部へ。少なくとも一部を見た限り、この後のことを意識して臨んだステージングには見えなかった。言葉より雄弁なアティチュードを受けて、ミュージシャンもオーディエンスも、誰か、何かが動き出すのではないだろうか。そんな予感を残すライブだったのだ。
なお当日の模様は山田健人監修のもと、収録・編集されたライブ映像として9月4日(金)から9月10日(木)23:59まで期間限定配信されることも決定している。