世界自然遺産の島である屋久島をテーマに創作活動を続けてきたコムアイとオオルタイチによるプロジェクト、YAKUSHIMA TREASURE。彼らとDentsu Craft Tokyoおよび辻川幸一郎(映像監督)のコラボレーション作品『YAKUSHIMA TREASURE ANOTHER LIVE from YAKUSHIMA』が先日発表された。

約15分に渡る本作は、屋久島の原生林で行われたYAKUSHIMA TREASUREのライヴパフォーマンスを、ウェブブラウザを通じてインタラクティヴに視聴できるというライヴ作品だ。ただし、そのライヴ空間は舞台となるガジュマルの森を360°の3D点群データとしてスキャンし、立体音響と共に再構築するという、通常のライヴ映像とはまったく異なるプロセスで作り上げられている。

2021年2月11日、SUPER DOMMUNEでその『YAKUSHIMA TREASURE ANOTHER LIVE from YAKUSHIMA』の制作過程を解き明かす特番が配信された(出演:コムアイ、オオルタイチ、大石始、宇川直宏、菅野薫、辻川幸一郎、渡辺慎也、堀宏之、西村保彦、村田洋敏、黒川瑛紀、浅村朋伸)。番組中の発言を引用しながら、『YAKUSHIMA TREASURE ANOTHER LIVE from YAKUSHIMA』に広がる深淵なる世界に迫ってみたい。
映像作品はこちらから

レポート:
『YAKUSHIMA TREASURE ANOTHER LIVE from YAKUSHIMA』
SUPER REPORT @SUPER DOMMUNE

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YAKUSHIMA TREASUREに息づく死生観

YAKUSHIMA TREASUREの起点は2019年に遡る。同年、コムアイとオオルタイチは屋久島を舞台に楽曲制作を行い、その成果はYouTube Originalsで公開された映像作品『Re:SET』と6曲入りのEP『YAKUSHIMA TREASURE』として発表された。同じ年の8月、YAKUSHIMA TREASUREは同名義として初のワンマンライヴを恵比寿LIQUIDROOMで敢行。会場の中心には、屋久島の自然を彷彿とさせる緑生い茂るステージが設置され、目前で繰り広げられる壮大な世界観に多くのファンが魅了された。

コムアイ「リキッドルームの次は屋久島でライヴをやろうと思っていたんですよ。でも、コロナでできなくなってしまって。それでマネージャーが菅野さん(Dentsu Craft Tokyo)に相談したんです」

菅野薫「ただ、ストリーミングとは違うやり方を考えようということだったんですよね。なおかつミュージックヴィデオとも違うし、通常のライヴとも違うものをやろうと。僕は以前ビョークと全編VRの作品を作ったこともあったので、最初の段階ではVRもアイデアのひとつとしてあったんです。ただ、最終的な落とし所としては違うものになりましたね」

オオルタイチ「VRという最初のアイデアから『死と再生』という今回のテーマが出てきたところはありますよね。生きていては体験できないものを表現したいという」

今回の作品『YAKUSHIMA TREASURE ANOTHER LIVE from YAKUSHIMA』において中心的概念となっているのが、「死と再生」を巡る死生観である。15分のライヴパフォーマンスは冥界への旅を綴る“殯舟”から始まり、魂の再生を描き出す“東”でクライマックスを迎える。いわば死と再生のプロセスがこの2曲で描写されているのだ。

コムアイ「YAKUSHIMA TREASUREは他の楽曲でも死生観がテーマになってるところはあるんですけど、この2曲は『YAKUSHIMA TREASURE』というEPのなかでも背骨になる楽曲だと思います」

オオルタイチ「屋久島には『海の彼方に船の亡霊を見る』という民話があるんですよ。お墓に漁船の旗を立てるという風習があったり、屋久島では『船と死』のイメージが重なり合うようなところがあって。“殯舟”はそういうイメージのもとで作った曲ですね」

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YAKUSHIMA TREASUREの死生観は、コムアイが沖縄・久高島を通して得られたインスピレーションが源泉となっている。久高島はニライカナイからやってくる神々が最初に降り立つとされる場所。ニライカナイとは海の彼方にある異界のことで、沖縄や奄美では生者の魂はニライカナイよりやって来て、死者の魂はニライカナイへと帰っていくという一種の他界概念が息づいている。

“殯舟”と“東”の根底にあるのは、ニライカナイの概念と結びついた死生観だ。琉球文化圏とヤマト文化圏の境界線上の島である屋久島はニライカナイの信仰圏ではないが、YAKUSHIMA TREASUREは屋久島に軸足を置きながら南方の島々に伝わる死生観を捉え直そうとしている。

コムアイとオオルタイチが膨らませたそうしたテーマを元にしながら、さまざまなクリエイターたちがアイデアと技術を持ち寄ることで本作は広大な世界観を獲得している。ライヴパフォーマンスに際しては弥生時代に演奏されていたという琴をモチーフにした創作楽器「UFO琴」が導入されたほか、Bebeこと渡辺慎也(スタイリスト、コスチューム・デザイナー)の手掛ける衣装にも南西諸島の死生観がイメージされている。また、花道家・アーティストである上野雄次は、ガジュマルの木々が毛細血管のように絡み合う森のなかに一艘の船を作り上げた。コムアイとオオルタイチの座るステージとなるその船の周囲には、数台のスピーカーが配置され、そこから鳴り響く音を複数のマイクがレコーディングする。音響面を取り仕切ったのはエンジニアの葛西敏彦と久保二朗である。

オオルタイチ「船のステージを囲むようにして6個のスピーカーを配置して、上空にも2個のスピーカーをセッティングしました。“殯舟”の降り注ぐような音は上空のスピーカーから鳴らしてるんです。360°マイクという特殊なマイクを使っていることもあって、風が吹いたり鳥が飛んでいったりという空間のうごめきもそのまま音として定着されていると思います。ぜひヘッドフォンで聴いてほしいですね」

全体の演出を手がけたのは、映像監督である辻川幸一郎。辻川は「僕にとっても楽しい仕事でした」と話したうえでこう続ける。

辻川幸一郎「まずはYAKUSHIMA TREASUREの2人の話を聞くところから始めました。ざっくりと諸星大二郎※っぽい話なのかな?と聞いたら『それそれ!』と言われて(笑)」

コムアイ「諸星大二郎、大好きなんですよ(笑)。本当に辻川さんじゃなかったら完成してなかったと思う」

菅野薫「辻川さんがみんなのアイデアを翻訳し、まとめてくれましたからね。今回のプロジェクトには『ANOTHER LIVE』というタイトルがついてますけど、LIVEとはライヴパフォーマンスのLIVEでもあるし、生と死のLIVEでもある。コンセプトの部分とテクニカルな部分を辻川さんが繋いでくれたんです」

※漫画家。『生物都市』(1974)で第7回手塚賞を受賞。『暗黒神話』(1976)などの記紀神話を基にした作品なども手がけている。

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神秘的なライヴとブラウザをつなぐインタラクティブな仕掛け

さまざまな時間の概念が交錯するこの作品のなかで極めて重要な役割を果たしているのが、ガジュマルの森に迷い込んでしまったかのような視聴体験をもたらす撮影技術である。LiDARを使った3Dスキャン、写真から3Dモデルを作成する手法であるフォトグラメトリー、Kinectを使ったボリュメトリックキャプチャなど、さまざまな技術を組み合わせて空間がスキャンされているのだ。その意味で本作は「撮影」されているのではなく、「スキャン」された作品といえる。

また、さまざまな試行錯誤を繰り返した結果、本作ではポイントクラウド(点群データ)の表現が選択されている。点描画のように点の集合体で表現されるガジュマルの森は、まるで生命体を構成する細胞のようでもあれば、屋久島の大地を覆う苔のようでもある。

そのようにさまざまな技術のもとで完成したデータはウェブブラウザ上で公開される。そこでは視聴者のアクションも反映されるようになっており、その点においても『生と死のサイクル』という根本のテーマが意識されている。

黒川瑛紀(フロントエンド・エンジニア)「ユーザーがライヴを観たときのマウスのデータがサーバーに保存されるようになっています。他の人が後から観たとき、前の人のデータが反映されるようになっているんですね。再生されるたびに魂が更新されていく、そういう体験ができるようになっています」

西村保彦(テクニカル・ディレクター)「今回のプロジェクトでは『ライヴとは何か』という議論が繰り返されたんですが、他の視聴者の息遣いを感じられたり、ガジュマルの森の空間のなかに入り込めたりという点を重要視しました」

菅野薫「ひとりの体験ではなくて、ある種の共有体験になっているということですよね。通常のライヴとは違うANOTHER LIVEを見せようとしているんです」

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本作『YAKUSHIMA TREASURE ANOTHER LIVE from YAKUSHIMA』は、コムアイとオオルタイチが産み出したテーマを元にしながら、さまざまなクリエイターたちが関わることで実現した作品である。クリエイターたちに共通していたのは、リアルなライヴの場の単純な代替ではない音楽体験を追求しようという意識だ。こうした作品が、文化庁の文化芸術収益力強化事業の一環として行われたことは重要な意味を持っている。

新型コロナウイルスの感染拡大によって表現に関わるあらゆる分野がダメージを受けるなか、どのような表現を生み出すことができるのか。本作がテーマとする「死と再生を巡る死生観」とは、アフター・コロナの時代に向けた新たなヴィジョンともなり得るだろう。この作品には今後の世界を生き抜くうえでのさまざまなヒントが隠されているのだ。

YAKUSHIMA TREASURE ANOTHER LIVE
from YAKUSHIMA Official Trailer

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Text by 大石始
Photo by Masanori Naruse

INFORMATION

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YAKUSHIMA TREASURE ANOTHER LIVE from YAKUSHIMA

配信日時:2021年2月11日(木)11:00~3月31日(水)
視聴形式:ウェブ配信
料金:¥500
*詳しい視聴方法、推奨環境、注意事項に関しては、『YAKUSHIMA TREASURE ANOTHER LIVE from YAKUSHIMA』公式サイトをご確認ください。
文化庁委託事業「文化芸術収益力強化事業」
主催:文化庁
特定非営利活動法人 映像産業振興機構(VIPO)
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企画演出制作:Dentsu Craft Tokyo
【スタッフリスト】
クリエイティブディレクター:菅野 薫(Dentsu Craft Tokyo)
映像ディレクター:辻川 幸一郎(GLASSLOFT)
アートディレクター/デザイナー:坂本 政則(Neuf)
プロデューサー:藤岡 将史(Dentsu Craft Tokyo)
プロデューサー:宮下 研也(Dentsu Craft Tokyo)
プロデューサー:山下 誠(Dentsu Craft Tokyo)
プロダクションマネージャー:北本 航(Dentsu Craft Tokyo)
プロダクションマネージャー:平野 瞭介(Dentsu Craft Tokyo)
プロダクションマネージャー:木ノ内 真人(Freelance)
テクニカルディレクター:村田 洋敏(Dentsu Craft Tokyo)
テクニカルディレクター:堀 宏行(PAN)
エンジニア/プログラマー:黒川 瑛紀(Dentsu Craft Tokyo)
エンジニア/プログラマー:田辺 雄樹(Dentsu Craft Tokyo)
エンジニア/プログラマー:朝倉 淳(Dentsu Craft Tokyo)
ウェブディレクター:佐藤 慧 Dentsu Craft Tokyo)
アシスタントエンジニア:成瀬 陽太(Dentsu Craft Tokyo)
テクニカルサポート:亀村 文彦(LOGOSCOPE)
バックエンドエンジニア:高野 修(S2 Factory)
インフラエンジニア:栗山 淳(S2 Factory)
ビハインドザシーン ディレクター:中島 昌彦(Freelance)
CGディレクター:犬童 宗恒(MARK)
CGプロデューサー:貞原 能文(MARK)
CGプロデューサー:吉川 祥平(MARK)
YAKUSHIMA TREASURE
コムアイ
オオルタイチ
美術演出:上野 雄次
録音/MIX/音響:葛西 敏彦(studio ATLIO)
サラウンド音響:久保 二朗(ACOUSTIC FIELD INC.)
音響アシスタント:岡 直人
音響アシスタント:馬場 友美
音響機材サポート:下萩原 均
UFO琴製作:浅村 朋伸
スタイリスト:渡辺 慎也
ヘアメイク:TORI
コーディネーター:田平 拓也 旅樂
Special Thanks:屋久島の皆様
ライブ制作:井出 辰之助(infusiondesign)
ライブ制作:羽田 寛士(infusiondesign)
プロデューサー/マネージャー:黒瀬 万里子(yugyo)

特設サイト