ユキミ・ナガノの来日公演が数日後に迫っている。

彼女が最後に来日したのは、自身がフロントパーソンを務めるスウェーデンはヨーテボリ出身のエレクトロ・ポップ・バンド、リトル・ドラゴンがSUMMER SONIC/SONICMANIAに出演した2014年。ソロ・アーティストとして訪れるのは今回が初めてだ。そう、3月末にアルバム『For You』でソロ・デビューを果たした日系スウェーデン人のユキミは、20年以上にわたるキャリアを経て、自身の人生体験、そして二児の母である現在の自分の生活に根差したパーソナルな曲を綴るに至り、バンドのそれとは一線を画したフェミニンかつスピリチャルな表現に到達。リトル・ドラゴンの曲の数々はもちろん、ゲスト・シンガーとして参加したゴリラズやSBTRKTの名曲でお馴染みのあのスモーキーな美声にフレッシュなキャンバス与え、改めて称賛を浴びている。

そんな中、父の故郷(母はアメリカ人で、両親はスウェーデンで出会った)で約10年ぶりのライヴ・パフォーマンスを披露しようとしている彼女とのインタヴューが実現。開口一番「オハヨウゴザイマス!」と元気な声を響かせると、以下アルバムについて、ツアーについて、そして日本への想いについて語ってくれた。

──あなたは昨年末に初のソロ・ツアーをスタートし、ちょうど北米での日程を終えたところですよね。現時点での手応えはいかがですか?

ユキミ・ナガノ:今のところすごく楽しんでいますよ。ここにきて改めて音楽と恋に落ちたかのような気分ですね。家庭生活と両立させるために色んな調整が必要で、厄介な部分もあります。そういう意味でも今回のツアーは新鮮で、日々変化があるからこそ、一瞬一瞬を大切にできているのかもしれません。

──これまでの公演のセットリストを見ると、 『For You』の収録曲のほか、リトル・ドラゴンの『Pink Cloud』(2014年)を歌っています。世界の先行きに抱く不安を投影した曲ですよね。

ユキミ:ええ。私のお気に入りの曲のひとつで、リトル・ドラゴンのライヴで一度もプレイしたことがなかったので取り上げてみたんです。バンドのヴァージョンと比較されて「あっちのほうが良かった」と叩かれることもないでしょうから(笑)。それに歌詞は今の世界に関連付けられますよね。それどころか、よりリアルに感じられるくらい。明確なメッセージを発信するのではなく、世の中を観察している曲なんですが、場合によってはそういうアプローチのほうが雄弁になり得ます。

──今の世界と接点がある曲と言えば、ケイト・ブッシュが戦争で息子を亡くした母の視点で綴った『Army Dreamers』(1980年)も、今回のツアーでカバーしています。

ユキミ:ケイトは真にオリジナルな、恐れを知らないアーティストで、若い頃から大好きでした。平和を訴える上で音楽は最適な手段のひとつだと私は信じていて、好きなアーティストの多くが反戦歌を書いています。『Army Dreamers』もまさに今の世界と共鳴する曲で、拳を振り上げるようなノリは好まないんですが、アートを通じて自分の想いを表現したかったんですよね。

──さて、あなたのアルバム『For You』がリリースされてから2カ月ほどが経ちました。一旦自分の手を離れると、アルバムとの関係性は変わるものなのでしょうか?

ユキミ:そうですね。大いに変わると言えます。レコーディング中はアルバムと極めて近い関係にありますし、自分が思うところのパーフェクトな状態に仕上げるべく、何度も繰り返しこれらの曲を聞いていました。でもリリースした今は、出来はあまり気にならない。もはや私だけのものではなく、独自の力で世界に羽ばたいて、どこかに着地して成長するままに任せているわけですから。その代わりに私はこれらの曲との関係を、今度はライヴで歌うことによって深めていきます。ステージではバックトラックは使わずに、全ての要素をすごくフレキシブルな状態にしているので、常に変化が起きますし、新たな表現へとオーガニックに発展していくんです。

【INTERVIEW】11年ぶりに来日公演を控えるリトル・ドラゴンのユキミ・ナガノが抱く今の想いとは yukimi1

──現在リトル・ドラゴンのメンバーは各々独自の表現を追求しているそうですが、あなた自身は、これまでソロ活動をしたいと思ったことは一度もなかったそうですね。

ユキミ:そうなんです。おかしな話かもしれませんが、全く想定外でした。でも直感的なフィーリングに従ってソロ活動を始めてみると、しっくり感じられたんですよね。だから、「あれ? こっちの方向に進むつもりはなかったのに」と自分自身が驚かされましたし、人生は計画通りには進まないものなのだということを、まさに今学んでいるところです(笑)。

──ではこうしてスタートを切った以上、今後もソロ活動は続くと見て良いのでしょうか?

ユキミ:ええ。すでに新しい曲を書き始めていて、どんどん発表できればと思っています。

──タイミングについてはどのように捉えていますか? 今のあなたは40代前半で、『For You』に収められている曲は間違いなく、喜びあり悲しみあり、たくさんの人生体験に裏打ちされていますし、機が熟していたのではないでしょうか。

ユキミ:そうですね。今の私でなければこういうアルバムは作り得なかったと思います。私は自分の目の前の物事、身の回りの物事、頭の中にある物事について曲を書いているので、25歳のユキミだったらこういう作品にはならなかったはず。人間は年齢と共に変化しますし、本作には私の現在地が刻まれているんです。20代前半の若い女性たちが主導する音楽シーンにおいて、こうして自分を率直に表現できていることが本当にうれしいですし、活動を続けられていることに誇りを感じています。私は自分の居場所を確保したいだけ。世界は幾つもの異なる視点や声を必要としているように思いますので。

──本作でのあなたはアルバム・タイトルが示唆している通り、音楽はパーソナルであるほど普遍的だという考えに則って、差異を乗り越えて人間同士のコネクションを築くというゴールを掲げています。やはり、今の社会のあちこちで起きている分断に心を痛めていたのでしょうか?

ユキミ:ええ。人々は全般的に、他者から切り離された状態にあると思います。スウェーデンでは世代間の分断が顕著ですし、我々はコネクションを築き直して、誰もがこの世界で共に生きて運命を分かち合っていることを思い起こさなければ。その点、音楽が成せるマジックは侮れません。音楽は人々をひとつにつなぐことができます。同じ曲に耳を傾けて思索を巡らすことで、或いはライヴ・パフォーマンスを楽しんだり、大勢で一緒に踊ったりすることで。「あなたは〇〇だけれど私は〇〇だから属しているグループが違う」などと言って他人を切り捨てるのは簡単なことですが、究極的には、私たちはみんな同じ場所からやってきて、同じ場所に還っていくんですから(笑)。

──『For You』の収録曲のひとつ『No Prince』で、まさにあなたはそのことを歌っていますね。このアルバムを形作っていく上で核になった曲はありますか?

ユキミ:どうでしょう……そもそもリトル・ドラゴンは極めて民主的なバンドで、全員が何らかの貢献をしないと曲は完成しない。例えば自分の子どもについて曲を書くのであれば、ほかのメンバーの子ども全員に言及しなければならないと思ってしまうんですよね(笑)。その点、今回は100%自分中心主義でやろうと決めていました。と同時に私は、普段の生活では家族のことを常に気遣っていますから、表現活動においてはワガママになりたいと思っていて。そういう意味で、私のふたりの子どもたちに関する曲、つまり『Elinam』と『Jaxon』を書き上げた時がひとつの転機になったのかもしれません。あの時私は、「自分にとって大切なことだけに専念しよう」と思えたので。

──子どもたちの反応は?

ユキミ:それが、曲の仕上がりには全く関心がなくて、次男の曲『Elinam』を先に書き上げたので、長男のジャクソンに「僕の曲はないの?」と文句を言われたくらいです(笑)。

──プロデュースは、リトル・ドラゴンのドラマーでツアーにも同行しているエリック・ボダンが手掛けていますが、バンドとは別個のミニマリスティックなサウンド・アイデンティティを確立していますね。

ユキミ:エリックは私のブラザーと言える存在。彼がそばにいてくれるとすごく気楽で、自由に実験したり、遊びに興じたりもできる。安心できる環境に置かれると、人間はより大胆に冒険できますからね。で、メンバー全員の嗜好が反映されているリトル・ドラゴンの曲は、言わばカラフルな絵画みたいなもの。網羅するスタイルも多彩になります。そこがまさにバンドの醍醐味でもあるわけですが、ソロ作品となればやはり色彩は絞られ、トーンに統一感が生まれる。私のアルバムは、ブラウンだったりパープルだったり、アーシーな中間色で塗られていると言えます。

──共作者として英国人のシンガー・ソングライター、リアン・ラ・ハヴァスも参加しています。バンドでは3人の男性と曲を作ってきたあなたにとって、女性との共作は新鮮な体験でしたか?

ユキミ:私はあまり性別を気にするタイプではなく、女性だろうと男性だろうと、人間は誰もがそれぞれに異なるエネルギーを備えていると考えています。とは言えやはり、このアルバムには間違いなくフェミニニティが表れていると思っていて、リアンがそのフェミニニティを肉付けしてくれたんでしょうね。それがどういうものなのか、具体的な説明できないんですけれど。例えば私は、デュエット仕立てにした『Stream of Consciousness』のリアンのパートが大好き。あの曲での私は自分が抱いている不安と希望について率直に綴っているんですが、彼女もまた、自身の極めてパーソナルな想いを曲に託してくれたような気がします。私たちは無言でソファに腰かけて、特にテーマを相談することもなく、個人的に気になっていることを正直に言葉にしただけなのに、ふたりのパートをつなげると見事にフィットしたんですよ(笑)。

──ほかに、あなた自身にとって殊に意味深い箇所はありますか?

ユキミ:『Jaxon』でデ・ラ・ソウルのポスが披露してくれたリリックですね(注:デ・ラ・ソウルの2016年発表の曲『Drawn』にリトル・ドラゴンがフィーチャーされるなど両者の間には交流があった)。聞くたびに心が揺さぶられます。17歳の時から言葉と向き合ってきた人だからこそ書けた言葉であり、彼自身が歩んできた人生にもリスペクトを抱かずにいられません。ジャクソンの父親は2年半前に亡くなって、ポスは彼と非常に親しかったんです。だからポス以外の人にこの曲に参加してもらうことは考えられなかった。ジャクソンへの素晴らしい贈り物になりました!

──もうひとり本作に貢献した人物と言えば、フィナーレの『Feels Good To Cry』のアウトロに登場する、あなたの父親です。彼は、年を取って涙脆くなったことを告白し、曲の内容とシンクロするようにして、感情をさらけ出すことの素晴らしさを語っていますね。

ユキミ:あの曲を作っていた時に、ふと思い付いたアイデアだったんです。私は父の涙を一度しか見たことがないんですが、泣くことについてどんな風に考えているんだろうかと興味を抱いて、電話をしてみたんです。今77歳で、昔よりも丸くなりましたし、人間って何かきっかけを与えてあげると、堰を切ったように内に溜めていた想いが溢れ出すということがありますよね。まさにそういう感じでした(笑)。「泣くことについてどう思う?」と訊ねたら、ああいう答えが返ってきて、こっそり録音したものを一字一句変えずにそのまま曲に使いました。そもそも日本のカルチャーにおいて、自分のフィーリングを、殊に男性が哀しみを他人の前でさらけ出すことって、幅広く受け入れられているわけではないですよね。父の場合はスウェーデンで35年くらい暮らしていますから事情が違うとしても、彼の意見を曲に反映させたかったんです。

──ちなみに、今でこそアジア系のアーティストは欧米のインディー・ミュージック界で大活躍していますが、15年くらい前を振り返ると、あなたのほかにはヤー・ヤー・ヤーズのカレンOくらいしかいませんでしたよね。活動していて寂しさを感じることはありましたか?

ユキミ:個人的なレベルでは特になかったですね。むしろ、自分にはエキゾティックな魅力があるんだと感じていました。生まれたのはスウェーデンですが、子ども時代の一時期を日本で過ごしていますし、ソングライティングをする上で日本的なシュルレアリスムみたいな表現に私はすごくインスパイアされるんです。アニメーション然り、絵画然り、日本のヴィジュアル・アーティストたちの作品の多くには、夢の世界だったり、シュルレアリスムとリンクする部分があると感じていて、大好きなんですよね。単純には説明がつかない、別の世界への入り口を提供してくれるというか。自らもアーティストである父からも、作品を通して、或いは労働観の面で、多くのインスピレーションを得ています。

──そしていよいよ来日公演が目前に迫っていますが、日本で楽しみにしていることはありますか?

ユキミ:たくさんあります!食べ物はもちろんのこと、カルチャー全般でしょうか。今回は父も含めて家族全員で日本に行く予定で、4歳になる息子は飛行機に乗るのも初めて。日本にまだ行ったことがないパートナーも同行してくれますし、私の血筋の一部分を彼らに見せてあげられることに、すごく興奮しているんです。それに、何しろ久しぶりなので日本でライヴ・パフォーマンスが出来ることにワクワクしています。日本のオーディエンスはすごく暖かく迎えてくれますから。

──どんなショウになりそうですか?

ユキミ:『For You』の収録曲を中心にお聞かせするんですが、ジャズ的なインプロビゼーションの要素がミックスされるはず。そして力の限りに歌うつもりですし、私自身も一瞬一瞬をじっくり味わって楽しみたいですね。遠い日本に旅するわけですから、思う存分楽しまないわけにはいきません!

INFORMATION

【INTERVIEW】11年ぶりに来日公演を控えるリトル・ドラゴンのユキミ・ナガノが抱く今の想いとは Yukimi-from-LD-Fflyer

日程:2025年6月2日(月)
会場:東京・ビルボードライブ東京
1st stage open 16:30 start 17:30
2nd stage open 19:30 start 20:30

日程:2025年6月4日(水)
会場:神奈川・ビルボードライブ横浜
1st stage open 16:30 start 17:30
2nd stage open 19:30 start 20:30

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