JR東日本グループが立ち上げた新規事業案募集の「地域にチカラを! プロジェクト」。その中の「無人駅の活用部門」に選ばれた「EkiLab帯織」が、一般公募の「EkiLabものづくりAWARD」を開催。その経緯と受賞者の喜びの声に加え、無人駅を始発にした地域活性化の取り組みを新潟・燕三条から報告する。
ものづくりのアイデアを形にできる拠点
「いきなり見慣れないものができた、という感じでした」
そう話したのは、EkiLab帯織で卒業制作を行い、2021年の春から東京でデザインの職に就くという女子大学生だ。
帯織駅は、新潟県三条市に位置する信越本線の無人駅。その控えめな駅舎の脇にモダンな印象の施設がオープンしたのは2020年10月1日。時刻表に1日25本程度の列車が記載される駅を長年利用してきた彼女にすれば、黒壁の建物はかつてない異質な存在に感じられただろう。
EkiLab帯織を一言でくくれば、会員制のものづくりサロンだろうか。一般会員の初回登録料は3,000円で月会費は980円。メンバーになればプロ用の工作機械を自由に使える特典が付く。商品化を望めばラボ協賛の企業に発注することもできるし、起業したい者にはここで法人登記も可能とした。その開けたサービスが評判を呼び、開設から半年を待たずに10代から70代まで約300名の会員が集まったという。
「ものづくりのアイデアを形にできる拠点をつくりたかった」
これは、EkiLab帯織を運営する株式会社ドッツアンドラインズ代表取締役の齋藤和也さんが、無人駅を活用した地域活性化の実現に託した思いである。齋藤さんの生まれ育ちも三条市で、現在は金属加工を請け負うストカという会社の専務を務めている。先の運営母体は、EkiLab帯織のために齋藤さんが仲間と立ち上げた。
アイデアを商品化するAWARDをいち早く実施
三条市は、隣接する燕市とともに、古くから金物製造に特化してきた地域だ。にいがた県央金型協同組合のホームページによれば、この地で金属工業が始まったのは室町時代の初期。江戸時代になると和釘生産が盛んになり、近代では金属製品や洋食器、工具、道具、包丁などの主要産地として、全国にその名を知らしめた。
そんな歴史を持つ土地で伝統工業に従事する齋藤さんにとって、燕三条を盛り上げる取り組みは、言葉を選ばずに言えば将来の死活問題に直結する重要課題だという。だからなのか、EkiLab帯織の活動は驚異的な加速感を伴った。
ドッツアンドラインズの創設が2020年3月31日。EkiLab帯織のオープンは半年後の10月1日。その前の9月11日には、『EkiLabものづくりAWARD 2020』の一般公募をスタートさせた。
『EkiLabものづくりAWARD 2020』とは、端的に言えばアイディアコンテストだ。ただしこの賞が特別なのは、グランプリ作品にはアイデアを商品化し販売まで行う特典が用意されること。しかも商品化のプロセスでは燕三条の技術を存分に生かすというのである。この機会を通じて、ものづくりの町の底力を多くの人に知ってもらうために。
応募期限の11月15日までに寄せられた作品数は217。審査結果は、齋藤さんが登場するYouTube動画を通じて12月15日に発表された。
JR東日本グループが募集した地域活性化プロジェクト
AWARDの結果を伝える前に、JR東日本グループによる無人駅の活用計画に触れておきたい。ここで言うグループとは、東日本旅客鉄道株式会社のJR東日本と、JR東日本100%出資によるコーポレートベンチャーキャピタルのJR東日本スタートアップ株式会社。さらにクラウドファンディングを行う株式会社CAMPFIREの集合を指している。
このJR東日本グループは、「地域にチカラを! プロジェクト」というタイトルのもと、2018年12月3日から2019年1月9日の間に新規事業案を募集した。テーマは二つ。「地域商品のリブランディング」と「無人駅の活用」。後者のテーマには36件の応募があったそうだ。その中の一つが、齋藤さんが提出した信越本線帯織駅の「無人駅を活用して燕三条地域の産業発信地と交流拠点にしたい」プロジェクトだった。
2019年9月27日、岩手県盛岡市の山田線上米内(かみよない)駅のカフェ&工房づくりとともに、同月30日からプロジェクトが始まることが発表された。
無人・有人を問わず地域活性化の拠点にできる策
ここで数字を見ていただく。JR東日本管内の総駅数はBRTを含め1,676駅(2020年3月)。その内無人駅は約4割。対してEkiLab帯織がつくられた帯織駅を管轄するJR東日本新潟支社管内の総駅数は195駅(2020年9月)で、無人駅は117駅(2010年10月)。約6割に上る割合に鑑みると、新潟における無人駅は圧倒的な日常と言っていいだろう。
一般的に利用客が少ない無人駅が栄えるのは難しい。しかし駅とはそもそも人の往来を受け入れる場所だ。駅があれば人は動き、動いた人が住みつく街の中心になる。そこで改めて駅の有効活用に策を講じれば、無人・有人を問わず地域活性化の拠点にできるのでないか? その考えに呼応したのが、燕三条の魅力を改めて伝えたいと願った齋藤さんだった。
このプロジェクトにはユニークな可能性が秘められているかもしれない。というのは、JR東日本グループの地域活性化計画が今後さらに発展していけば、たとえば一度は訪れたい駅で無人駅がランキングの上位を独占する日が訪れる期待さえ抱けるからだ。
AWARDグランプリは新潟らしい日本酒のガチャガチャ
では、『EkiLabものづくりAWARD 2020』の結果発表へ。今回のテーマは旅。AWARDは一般の部/クリエイターの部と、小中学生の部に分けられた。前者にはグランプリ1作品、JR賞1作品、優秀賞2作品、各審査員賞8作品が。後者にはグランプリ1作品、優秀賞1作品の賞典があり、それぞれ燕三条特産品やEkiLab年間パスポートなどの賞品が用意された。
特筆すべきは、前述したように一般の部/クリエイターの部のグランプリに贈られるアイデアの商品化だ。同部のJR賞には、試作までのサポート付き商品開発が特典として備わる。が、第1回大会は優れた作品が多かったようで、JR賞にもサプライズで商品化が贈られることになった。
今回はグランプリとJR賞を受賞した方に喜びの声を聞いているので、各作品と併せて紹介していく。
酒ガチャ
小谷口恭平さん(新潟県三条市/37歳)
旅の友でもある酒をガチャガチャで回し、どんな銘柄が出てくるかを楽しむアイデア。球体お猪口はステンレス製。酒の容器は海藻の粉末からできている素材。ロンドンマラソンの給水ボトルとして使用され、20万本のペットボトルゴミ削減に貢献したという。
「日本酒が好きで、子供の頃はガチャガチャが好きで、要は自分の趣味をすべて入れ込んだ作品になりました。職業は、地元のデザイン会社のプロダクトデザイナーです。このAWARDでは仕事に関係なくアイデア勝負の楽しさを前面に出してみました。京都出身なので、ここに来るまで燕三条をよく知りませんでした。ですがこの街の人たちはどんなときもものづくりを考えているので、常に教わることばかりです。僕のアイデアが商品になったら、真っ先に駅でガチャガチャを回したいですね」
安心シートで旅ライフ
森田大介さん(新潟県燕市/39歳)
シート装着型のパーテーション。面積の広さを変えられるパネル部は半透明の樹脂を使用。アーチ材はステンレスまたは樹脂を想定。デザイン画からは新幹線が想起されるが、バスなど様々な公共交通機関で活かせそうな、汎用性の高いアイデアと言える。
「金属加工製作所の企画・品質管理担当です。社内でパーテーション関連の別企画が進行中に思い付きました。そこで改めて社内の確認を取り応募したのですが、まさかJR賞だなんて、発表動画を見て家族と声を上げてしまいました。最初は自分がワクワクできるものを考えたのですが、実現する世界の広がりに目を向けたら、誰かの役に立てるほうがいいんじゃいかと。それで、コロナ禍でパーテーションも普及してきたこともあり、このアイデアにたどり着きました」
一般応募作品を商品化する『EkiLabものづくりAWARD 2020』。次回は、アイデアが形になる過程と、それを現実化させる燕三条の優れた技術を現地取材で。加えて、JR東日本グループの公募時点では別の事業案だった事実を含め、燕三条の実情を踏まえた齋藤さんの、より濃密なEkiLab帯織インサイドストーリーをお届けする。
text by 田村 十七男
Photos by 大石 隼土
INFORMATION
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