JR東日本グループが募集した「無人駅の活用部門」プロジェクトに選ばれた「EkiLab帯織」による「EkiLabものづくりAWARD」。今回は、この賞の斬新な取り組みである“公募アイデアの製品化・商品化”を実現する過程を軸に、新潟・燕三条地域の現状を反映した「EkiLab帯織」創設インサイドストーリーをお届けする。
「実物の車両に改めて驚いています」
春の訪れを感じさせるうららかな日和の3月中旬。一行が向かったのはJR東日本の新潟車両センターだった。ここは、イベント以外では一般公開されていないJR東日本新潟支社管轄の車両基地だ。そんな場所への入場許可を取れるところに、JR東日本グループと連携したEkiLab帯織の隠れた凄みがある。
この車両センターで行われたのは、「EkiLabものづくりAWARD 2020」でJR賞を獲得したアイデア『安心シートで旅ライフ』の装着実験だ。そのために用意されたのが、実際に使用しているE653系特急車両。構内に停車中の車両によじ登って乗り込むアクションだけで一行のテンションは大いに上がった。
『安心シートで旅ライフ』は、新潟県燕市の大倉製作所に勤める森田大介さんが提案した、シート装着型のパーテーションだ。特徴的なのは、隣席との遮断面積を変えられる扇形のデザイン。軽さを考慮してパーテーション自体は透明の樹脂を採用。スライド可能な円周のコの字型レールは、ステンレス加工が得意な大倉製作所が試作品を製作。というわけでこの日は、製作所の大倉龍司代表取締役も森田さんに付き添った。
「扇形プレートの軸をシートのどこに固定するか。これは賞の応募段階で確定させていなかった部分だけに、実物のシートを前にすると新たな悩みが出てきますね」
森田さんたちが準備してきた扇形プレートは4枚1セット。その枚数を変えたり、扇の要をシートの隙間で上下させたり。その傍らでEkiLab帯織のデザイナーである後藤明寛さんは、装着を可能にする様々なヒントを提示していた。
実験に要したのは約1時間。ほぼ無言のまま手を動かし続けた森田さんは、帰り際の特急の前でようやく表情をゆるめた。
「アイデアを形にする難しさを実感しましたが、実物の車両を使わせてもらえたことに、今になって改めて驚いています」
このままでは燕三条でものづくりができなくなっていく!?
「アイデアを形にする」。その難しさと楽しさは、EkiLab帯織を運営する株式会社ドッツアンドラインズ代表取締役の齋藤和也さんが、一般公募の「EkiLabものづくりAWARD」だけでなく、EkiLab帯織そのものに託した思いでもある。
前回、有料会員になれば無人の帯織駅の脇に建つ施設を自由に使うことができるEkiLab帯織を「一言でくくれば会員制のものづくりサロン」と紹介した。ただ、拠点としての建物を持つことだけが齋藤さんの目的ではない。もっとも重要なのは、燕三条の伝統であるものづくりの灯を絶やさないことーー。
というような文言は、どこでも耳にするような常套句に聞こえるかもしれない。しかし、齋藤さんもメンバーになっている燕三条青年会議所が運営する「燕三条 Dream Project~ツバサクエスト~」の報告書には、悲観的な数字が示されている。
燕・三条の両市を合わせた2009年の全産業従業員数は9万8639人。対して6年後の2015年は3989人少ない9万4953人。この減少傾向が今後も続いた場合の2040年の試算は7万332人で、2015年からでも25%以上の労働人口消失が予測されている。
さらに衝撃的なのは、燕商工会議所が2014年に行ったアンケート結果だ。1187事業所で493事業所が「自分の代で廃業」と回答。少子高齢化という社会問題が燕三条にも影を落としているのは間違いないだろうが、4割に上る事業所が次世代に期待していない実情はあまりに深刻だ。このままでは燕三条でものづくりができなくなっていく。
「町工場に生まれた子供たちにしても、稼業を継ぎたい気持ちを持つのは難しいんですよ。親たちが朝から晩まで働いて、その稼ぎがいくらになるかを知って育ってきたから」
これは三代続くプレス加工を請け負うストカという会社でも次長を務める齋藤さんの、この土地で伝統産業と向き合ってきた人ならではの肉声だ。
時間がかかっても燕三条のためになれば
「それでもこの先、燕三条が観光の町に生まれ変わることはないんですよね。であれば、今後も金属加工で生きていかなきゃならない。そこでこれまで以上に必要なのは、それぞれ得意分野を持つ町工場の連携です。現状では依頼のミスマッチも多くて、他の場所から注文する人が混乱している部分もある。その辺を整理して受発注を合理化するのも、EkiLab帯織に託した役割の一つです」
齋藤さんの話は理解できる。しかし、それは可及的速やかに地域を救う手立てになるのだろうか?
「確かに、一足飛びで燕三条の現状を変えられるものではないでしょう。けれどJR東日本グループの新規事業案に応募したのは、大きな組織が持つ販路が欲しかったからでもあるんです。というのは、ものをつくりたい人たちにアイデアをもらえれば、それを形にできる技術は燕三条が持っている。その先に販路があれば商品にできるわけですよ。そして商品として世に出回れば、改めて燕三条の実力が知れ渡る。ものづくりをしたい人、ものを売る人、そしてものをつくる人の中心で各者をつなぐのがEkiLab帯織です。当初の計画では、各無人駅に部品を用意して、駅を回るうちに何かが完成するスタンプラリーみたいな案で応募したんですね。でも、それじゃ広がりがないのでEkiLabへと事業案を変えました。予算を掻き集めるのは大変でしたけれど、自分たちがおもしろいと思うことやって、たとえ時間がかかってもそれが燕三条のためになればいいんです」
齋藤さんにはこんな期待があるという。
「EkiLab帯織を利用する子供たちが少し大きくなって、『工業高校に行きたい』と言い出して、さらに卒業したら『いい工場はないですか?』とたずねてきたら、そのときにはガッツポーズですよ」
鎚起銅器のお猪口がボーナスアイテム?
AWARDもう一つの商品化は、グランプリを受賞した小谷口恭平さんの『酒ガチャ』だ。商標登録を調べた結果、すでに登記されている事実が判明し『ガチャポン酒』に改名したが、新潟の日本酒をカプセルに詰めてガチャガチャで販売する大元のアイデアはそのまま生きている。さらに、球体の容器やお猪口の手配も既製品を利用する手はずがおおむね整っているという。小谷口さんが最大の難関と構えていた日本酒の詰め方にも打開策があったそうだ。
「津南醸造さんの純米大吟醸がパウチで販売されているのを知って、それをこのガチャに入る容量でつくってもらえるよう交渉中なんです。EkiLabの皆さんといっしょに方々を探すうちに発見したのですが、その探索や交渉もすごく楽しかった。でも、恐れ多いことがありまして……」
小谷口さんを口ごもらせたのは、燕の伝統工芸である鎚起(ついき)銅器のお猪口を『ガチャポン酒』のボーナスアイテムとして忍ばせる齋藤さんの発案だった。しかもすでに数個の試作品が用意されているのだから、グランプリ受賞者が「それでなくても無理難題が多いのに、あまりに申し訳なくて」と委縮するのも無理ないだろう。
鎚起とは、一枚の銅板を鎚(つち)で打ちつつ絞りつつ銅器に仕上げる手仕事の技。見せてもらった試作品の銅製お猪口でも2万円前後はする貴重なものだ。それをすぐさま形にできるのが燕三条の実力なのだろうが、齋藤さんはその小さな鎚起銅器を予価1000円の『ガチャポン酒』に数%の割合で忍ばせたいと提案した。
「予算が続くうちはムチャクチャやってみたいんですよ」
齋藤さんがそう言い放つと小谷口さんも背筋を伸ばして、「僕がまず当てたいので、このお猪口が出るまでガチャを回し続けます」と応じた。
全国応募の「EkiLabものづくりAWARD2021」開催!
『安心シートで旅ライフ』と『ガチャポン酒』は、取材時点の試作段階からブラッシュアップが進められ、3月27日の発表会で完成品が披露される。齋藤さんによれば、ゴールデンウィーク明けには実用化・販売実施に漕ぎ着けたいそうだ。
さらに、「EkiLabものづくりAWARD」は2021年も開催! 初年度は旅がテーマだったが、今年のテーマは6月までに発表し、8月に応募開始。10月末締め切りで11月末に受賞作品発表のスケジュールを組みたいという。これは重要な情報だが、応募の受け付けは全国。燕三条のクローズドイベントではないことを確実にお伝えしておく。
「ここまでやるとは誰も予想しなかったはずですよ」
これは齋藤さんの不敵な挑戦状だ。ものをつくる夢をEkiLab帯織が、そして燕三条が叶える機会を決してお見逃しなく。
Text by 田村 十七男
Photos by 安井宏充(weekend.)
INFORMATION
EkiLab帯織
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