ものづくりの街・新潟県燕三条で10年目を迎えた『燕三条 工場の祭典 2022』。今年も多くの来場者が訪れる中で、時を同じくして、JR燕三条駅では地方創生を目的として始動した『JRE Local Hub』がプレオープン! 今回は当日のイベントの模様に加え、燕三条の未来を想うプロジェクトメンバーへのインタビューをお届けする。
82拠点の参加で10回目の『工場の祭典』が開催
『燕三条 工場(こうば)の祭典 2022』が10月7日(金)~9日(日)に開催された。これは、新潟県燕市と三条市および周辺地域に集中している金属加工や鍛冶木工等の工場を期間中に一般開放し、多くの人にものづくりの現場を体験してもらうために実施されてきたイベントだ。
2013年のスタートから10年目となる今回のテーマは、『Beyond KOUBA! 祭典から聖地へ脱皮する3日間』。その文言からは、期間限定の催事を超えて、日本有数のものづくりの街として新たな一歩を踏み出そうとする決意が伝わってくる。
今年の参加拠点は82。その中から、熱間鍛造という技術を得意とする相場産業株式会社と、建築金具メーカーの株式会社ヤマトキ製作所を訪ねた。
相場産業の鍛造機械は、目の前で落雷を目の当たりにするような迫力だ。1,000度以上に熱せられた金属を轟音とともに一瞬で鍛える様子は、一般人にとっては非日常的という他にない光景だった。
一方のヤマトキ製作所は、週末に向けた最終準備に追われていた。ここでは、来訪者向けの金属加工体験を提供するという。
『工場の祭典』にはどんな人が来るのか、開放する工場にはどんなメリットがあるのか? この質問に対し、二つの工場はほぼ同じ回答を寄せた。
視察を兼ねた同業他社の訪問もあるが、大半は一般客。中で何がつくられているか一度見たかったという近所の人々も少なくないそうだ。メリットに感じるのは従業員の意識向上。『祭典』が始まってから、人に見られることで仕事に対する誇りが生まれたという。
「それがお祭り的な要素に重点を置いてきたこれまでの成果。これからは、工場だけではなく燕三条の日常そのものも知ってもらって、より恒常的なものづくりの聖地として世界と交流していきたい」
そう話したのは、『工場の祭典2022』の実行委員長である齋藤和也さん(燕三条の無人駅から発信された「EkiLabものづくりAWARD」、受賞作品発表!)だ。この言葉、『祭典』だけに向けられたものではない。自身が三条生まれで現在も金属加工業を営み、なおかつ誰でも利用できるものづくりの場として、帯織という信越本線の無人駅に『EkiLab帯織』を設立。その運営会社として株式会社ドッツアンドラインズを立ち上げた当事者だけに、発言はいつでも燕三条全域の発展を願うものになる
その齋藤さんが、また新しい取り組みを始めた。今度の拠点は、上越新幹線の燕三条駅だ。
情熱ある地元のプレイヤーがいなければ
JR東日本は2022年7月、“地域の技術や人々をエリアや世代を超えてつなぐ地方創生型ワークプレイス”と銘打った『JRE Local Hub』を展開すると発表。その第1号拠点を燕三条駅構内に置き、前述のドッツアンドラインズとともに開発していくとした。
現時点で予定されている『JRE Local Hub』の事業は5種。
①燕三条製品の常設展示や工場見学の相談・受付を行う『こうばの窓口』の設置
②地元製造業と企業のビジネスマッチングを図る『ものづくりコンシェルジュ“MOC”』の開発
③シェアオフィスとコワーキングスペースの整備
④次世代会議室『空間自在ワークプレイス』による情報発信
⑤JR東日本が企画する人材育成プログラム『JRE STATIONカレッジ』の創設
『JRE Local Hub』の本開業は2022年度の冬とされているが、上記の中から「こうばの窓口」を『工場の祭典 2022』のインフォメーションセンターとすることで、同イベント開催初日の10月7日(金)にプレオープンを果たすことになった。
『JRE Local Hub』の第1号拠点に燕三条駅が選ばれことについて、JR東日本執行役員新潟支社長の小川治彦さんに話を聞いた。この方、齋藤さんが設立した『EkiLab帯織』発で今年3回目となる『ものづくりAWARD』の審査員でもある。
「地方とともに生きるのは、我々が達成すべきミッションです。それを象徴する事業が、この『JRE Local Hub』。そして本事業は、内閣府が進める『デジタル田園都市国家構想推進交付金』の対象事業に採択されました。そこで燕三条が選ばれたのは、高い技術力の集積地として伝統があり、今後も発展する可能性を大いに秘めているからです。その躍進の一端を鉄道という媒体で担い、経営資源を拠出していきたいというのが私どもの思いです」
新潟支社長という立場上、さまざまな事業も同時並行で進めなければならないものの、“個人的に”と前置きして、燕三条で『JRE Local Hub』が始められることをうれしく感じているそうだ。
「私が抱く『Hub』(『JRE Local Hub』)のキーワードは、発信、交流、イノベーション。それらすべてを融合するため手をかけていけば、想像もしなかった形を見せてくれるのではないかと期待しているんです。とは言え、何もかも一朝一夕とはいきませんから、じっくり育てなければなりません。ですが、まずは街のたまり場として、燕三条でものづくりをする人、燕三条でものをつくってほしい人、あるいは2021年に創立された三条市立大学の学生たちが気軽に集ってくれたらいいと思います」
小川さんは言う。こうした地域創生事業は、社外の存在なくして実現はできないと。
「ドッツアンドラインズの齋藤さんたちのような地元のプレイヤー。彼らがいてくれてなければ成り立ちません。地方から発生する情熱は不可欠です。それがあってこそ、我々が有する首都圏ネットワークをつなげることができますから。齋藤さんの、リスクを覚悟した上で身軽に動く姿には敬意を表します。我々はその意欲を支えていきたいです」
小川さんの話を聞いて率直に思ったことがある。齋藤さんが燕三条の将来を憂いで行動に移そうとしたタイミングで、理解ある新潟支社長と出会えた事実。それがずれていれば、ここに至る経緯はまるで違ったものになっていただろうと。
燕三条という船でものづくり界の海賊王に
「燕三条企業図鑑、いいでしょ。カードの端をボルトとナットで留めれば手帳風の図鑑になるし、次にまた燕三条に来るときに使えたり、誰かに手渡せるお土産にもなるから」
プレオープンした『JRE Local Hub』の中で、今後も活用する最初の機能を紹介した齋藤さんは、いつも通り楽しげだった。
燕三条企業図鑑は、協賛金を募った地域の会社の情報をカード化し、訪れた人が興味ある会社のカードをホルダーから選ぶ手作り風の仕組みを取った。様々な情報がデジタルで得られるのを承知であえてアナログ手法にしたのは、工場の日常を肌で感じてもらいたい『工場の祭典』の理念に通じているという。
「新幹線が止まる燕三条駅に交流拠点を置くというプランは、前から考えていました。田舎だから新幹線の本数も少ないでしょ。その待ち時間をシェアオフィスで有効活用できればこれまでにないビジネスが生まれる。というか、シェアオフィスやネット環境が整った会議室があれば、都心から訪れるビジネスマンがここで仕事ができるじゃないですか。いや、世界中の企業から人を呼ぶことだってできる。ホテルに泊まりながらね。だから『こうばの窓口』では、周辺のホテルや飲食店の情報も提供します」
それが実際に行われていけば、駅周辺の発展も叶うのでは?
「もちろん、街を変えることまで考えています。交流人口だけでなく、定住人口も増やせるかもしれない。何しろ燕三条には3,400もの企業がありますからね。それを対象に本気でビジネスを検討すれば、こっちに移り住んだほうが便利になるじゃないですか」
例によって齋藤さんの口調は切れがいい。
「変化の連続ですよ。この地域が取り組んできたのは、100円の包丁を1万人に売ることから、1万円の包丁を100人に売るという価値観の転換でした。『工場の祭典』もそうです。見せるものではなかった工場を見せてきたのは、ものづくりの真価の理解を深めてもらうためだった。それを10年続けてある程度の成長が叶ったなら、さらにその先に進まなければなりません。だからこそ強力で確実な発信機能を持つ『JRE Local Hub』が必要だった。燕三条を失くさないために」
これも常だが、齋藤さんが地域を語るとき、その端々には必ず危機感を漂わせる。それを言葉だけに留めないために行動を伴わせて、八面六臂の活躍を続けている。だが、そんなに一人で抱え込むといささか心配になるのだが。
「いやいや、抱え込んでないですよ。僕はこんなことやりませんかと声をかけるだけで、共感してくれた人にはおんぶに抱っこです。船って、大勢の乗組員がいて初めて航海できるじゃないですか。僕もその乗組員の一人。船長になるつもりはないんです。ただ、何があっても燕三条の船を沈めず、ものづくり界の海賊王になりたい。その気持ちは強いんです」
であればJR東日本第1号の『JRE Local Hub』を得た今は、新たな船出に耐え得る強力な武器を備えた状態ということか。その航海の様子、今後も追いかけていく。
text by 田村 十七男
Photos by 大石隼土
INFORMATION
燕三条 工場の祭典
EkiLab帯織
住所:〒959-1117 新潟県三条市帯織 2342番地2
利用時間:10:00-22:00(年中無休)
※スタッフ駐在時間 平日10:00-17:00
TEL:050-1744-3814
YouTube:EkiLabチャンネル(エキラボ帯織)