今聴いてもHARVARDは新しい

〈ESCALATOR RECORDS〉をご存知だろうか。1990年代後半から2000年代後半にかけて、クラブとライブハウスを自由に行き来する、良質なネオアコやギターポップを数多く輩出してきた、いわゆる渋谷系以降の系譜のひとつとして語られる名門レーベルだ。NEIL AND IRAIZA、CUBISMO GRAFICOなど、お洒落で都会的なレーベルラインナップを擁するなかでも、僕はダントツでHARVARDが大好きだった。

HARVARDは、2001年に広島県出身の小谷洋輔と植田康文によって結成された二人組。特徴はなんといっても、その引き出しの多さだ。ネオアコ、ギターポップ、ソフトロック、ソウル、ヒップホップ、R&Bといった、多種多様な音楽に触れてきたからこそ、彼らの作品は発表される度にその音楽性が面白いように異なっていた。

二人が影響を受けてきたジャンルのエッセンスを散りばめながらも、一つひとつの楽曲はアーバンかつメロウな手触りで統一。コアな音楽を掘り続けるインディーファンだけでなくJ-POP、ジャニーズファンにまでリーチするほどに、HARVARDの楽曲は間口が広い。マニアックなものをいかにして大衆に届けるのか。通好みのことを突き詰めるために、ただ地下に潜り続けるのではなく、クラブ・ライブハウスシーンとはかけ離れた場所にいる人たちにも響かせるために、楽曲の中心には、万人に聴かれるための耳当たりの良さが置かれていたように思う。ここで僕が綴ったことは、アルバム『LESSON』と『ORACLE』を聴くことで共感してもらえるはずだ。どちらも10年前後昔の作品だけれども、今聴いても新鮮で新しい。

日本を上回る韓国での人気

前述のことを裏付けるエピソードがある。お隣、韓国でのHARVARD人気は、日本でのそれを上回るものだった。韓国国内で日本のカルチャーの流入制限が段階的に解放されていくなか、2004年に日本のレコード、CD、カセットテープの販売が自由化された。そのタイミングに韓国国内で『LESSON』がリリースされると、収録曲“Clean&Dirty”が映画主題歌やテレビCMに起用され大ヒット。一躍、HARVARDの名前が広まるきっかけとなったのだった。

その後、HARVARDは2007年5月に突然の解散を発表することになるが、2010年10月には、韓国の大型フェス<Grand Mint Festival 2010>への出演と同時に活動を再開。5,000人を超えるファンに迎えられた当日のステージの模様がYouTube上にアップされているので、是非チェックしていただきたい。本当にヘッドライナー級の扱いなのだ。

“Clean&Dirty” Harvard

世界10都市のホテルにて20日間をかけて録音されたソロ作

現在、HARVARDとしての活動は2011年11月にリリースしたアルバム『HAHVAHD』で止まっている。そんな最中に朗報が届いた。ヴォーカル・小谷洋輔のソロプロジェクト、YOSUKEKOTANIのスタートである。

HARVARDの一時解散後、小谷はロックバンドAVALONとして活動を再開したが、本格的なソロ活動は今回が初めてとなる。2014年5月21日(水)にリリースされた1stフルアルバム『ANYWHERE』は、彼が海外を旅していたときに滞在した世界10都市のホテルにて録音した楽曲が収録されている。訪れたのはパリ、カサブランカ、バルセロナ、クエンカ、ニューヨーク、ロサンゼルス、ラスヴェガス、セドナ、ヒロ、ホノルル。最小限の録音機材をバッグに詰めて、20日間をかけて録音を行った。

夜になると、ひとり静かにラップトップを開き、マイクに向かって歌い、鍵盤を奏でる毎日。滞在先でひとりの外国人として日々を過ごし、訪れた一つひとつの街に思いを巡らせては、異国への憧憬と微かな孤独を憶えたという。日本での生活とは異なる環境のなか、その瞬間に存在する何かを求め、ひたすら録音を繰り返した。つまり、『ANYWHERE』は小谷の旅先での思いを綴った日記のような作品だ。

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