ありったけの野心とサプライズが込められた、
ジャズ新時代を象徴するマスターピース
今年5月、〈ブレインフィーダー〉のイヴェントでフライング・ロータス(以下、フライロー)が3Dライヴを披露した数時間前、僕はある本の取材に立ち会っていた。「ジャズを再び楽しめる音楽にしたい、クリーンな音楽をぶっ壊したい」とフライローが語れば、「エイサップ・ロッキーがサックスを吹いてるところを想像してみろよ……グフフ」とサンダーキャットは笑ってみせる。新作はジャズ・アルバムになると早くから報じられていたが、いざ本人たちを前にしたら、何かもっと桁外れなブツを用意してくるとしか思えなくなった。
結論からいえば、『ユーアー・デッド!』は上記のふてぶてしい発言をただしく遂行している。死という壮大なテーマの背景には、「マイルス・デイヴィスに聴かせても、ビビりそうな音楽を作りたかった」と語るとおり、ありったけの野心とサプライズが込められている。
ただ情報量と密度の濃さゆえに、一言で魅力を捉えるのが難しいアルバムかもしれない。たとえば前半は、ジャズ・ロック/フュージョンへの傾倒が目立つ。(各曲が短いのもあり)次々と繰り出される大胆不敵な展開だったり、本人もソフト・マシーンや(フランク・ザッパの諸作に参加した)ジョージ・デュークの影響を公言しているのもあり、本作をプログレッシヴ・ロック的だと評する声もある。その一方で、往年のプログレやフリー・ジャズにありがちな野暮ったさが希薄なのは、音響デザインが極めて優れているからだろう。火花散るインタープレイを随所で繰り広げながら、アルバムを通して聴くと、泳いでいるというか、虚空に横たわったようなトリップ感覚が残るのは、手の込んだビートやエフェクト処理に強く耳を奪われるせいもあると思う。鬼気迫るテンションを生み出しているのは、生演奏のダイナミズムに他ならない。しかし、ソロ・プレイの妙を削ぐことなく各トラックに配置してみせる手腕が、結果的にプレイヤー各自のテクニックより、後ろに構えるフライローの想像力を強調している。
Flying Lotus -“Coronus, The Terminator”
フィジカルとエディットのバランス感覚について考えさせられるのは、本作の少し前に〈ブレインフィーダー〉から新作を発表したテイラー・マクファーリンの存在も大きい。彼のアルバム『アーリー・ライザー』(14年)では気鋭のジャズ・ドラマー、マーカス・ギルモアが起用され、テクニカルな演奏が得難い推進力をもたらしている。その一方で、テイラーはトラックの完成度(というか浮遊感)を最優先するため、敢えてマーカスのプレイに制限を課したという。そのエピソードは、『ユーアー・デッド!』において四人のドラマーを適材適所で使い分けながら、ドラム・セットを全員揃えたことで統一感をもたらしたという話とも重なってくる。『アーリー・ライザー』は今日的なビート・ミュージックと即興演奏の融合を実践したとして高く評価された一枚だが、フライローが次のステップを模索している時期に、まだ(レーベルが決まらず)宙ぶらりんだった同作にヒントを得たとしてもおかしくない。その一方で、昨今のジャズにおけるトレンドのヒップホップ的なドラムには走らず、時代に逆行した(ソフト・マシーン期の)ロバート・ワイアットみたいなプレイを敢えて採用しているのが面白い。こういった指向性は、ドラム・マシーンやサンプラーを凌駕する勢いで正確無比な生演奏を突き詰めたロバート・グラスパー・エクスペリメントとも対照的だ。
『ユーアー・デッド!』の制作中、スタジオにはマック・ミラーやアール・スウェットシャツ、FKAツイッグスなどヒップホップ/R&Bの最前線にいる若手ミュージシャンも出入りしていたそうだが、エッジーな次世代と交流しながら、ジャズが彼らに拮抗しうるポテンシャルをフライローは示したかったのだと思う。彼が描くジャズにはハービー・ハンコックの鍵盤とケンドリック・ラマーのラップ、プログレとジューク、ストⅡの春麗やフレディ・マーキュリーの声が共存しており、ジャズと括るのは明らかに無茶な瞬間も多々あるが、それをジャズだと中指立てて言い張ったことに意味がある。
最初に触れた取材では、オースティン・ペラルタの死に対して、今も2人が固く心を閉ざした様子も窺えた。しかし本作の開き直ったサウンドからは、一度はサックスを学び諦めた男が、いくつもの出会いと別れを経て、自分に課せられた使命と真摯に向き合った過程が浮かんでくる。本編を締めくくる“The Protest”では、「人は死んでも、彼らの影響は永遠に残り続ける」といったことが歌われているが、コルトレーン家の血を継ぐ逸材は、音楽史に宿る無数の魂を呼び起こし、新しい動きの兆しとなりそうな一手を打ってみせた。期せずして、デヴィッド・ボウイもジャズに接近してしまった2014年を象徴するマスターピースだと思う。
(text by Toshiya Oguma)
『YOU’RE DEAD』Trailer
Event Information
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Release Information
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