第147回 鶴の恩返し
「しばらくの間海外に行け。俺が連絡するまで俺に連絡するな。帰ってこいと言うまで帰って来るな。すぐ出発しろ」深夜3時の電話は僕が多額の借金をしていた金融屋からだった。とうとうこの時が来た。僕は知らない誰かの罪を被って海外に行くことを約束に、これまでの借金は帳消し、更に月に40万円の融資を受けていた。泥沼にはまって動けないばかりか、ゆっくりと沈んでゆく自分がなぜか心地良い。僕は電話を切り、言われた通り携帯を捨て、偽造パスポートと財布だけをポケットに入れ成田空港に向かった。
僕の顔は小さい頃から東南アジア顔らしく、小学校の時のあだ名はマレーシアから取った「マレ」だった。だから前から逃亡先は東南アジアに決めていた。あいにくマレーシア行きの飛行機はしばらく無い。今は一刻も早く日本を出なくちゃいけない。僕は1時間後のフィリピン行のチケットを買って荷物検査に並んだ。荷物は無いから大丈夫。すぐに通れるはずだ。
「やっぱりマレだったんだ」渡したパスポートを見て警備員がつぶやいた。僕は驚いて女の顔を見る。同級生のマチコだった。まんまるな顔が当時のままだ。母親同士が仲良しだったから、いじめられっ子のマチコをよく助けてあげていた。「もう写真出回ってるよ、名前を見てまさかと思ったけど」「もう後戻りは出来ないんだ、僕が何もやってなくてもね」マチコはそれを聞いて握ったトランシーバーを手放し、パスポートを返してくれた。「私は恩返しをする。でもこの先は知らない」そう囁いて「次の方!」と声を出した。僕は金属探知機を抜けて急いでフィリピン行のゲートに向かった。何度振り返っても、マチコは僕を1度も振り返らなかった。
photo by normaratani