第169回 古いラブレター
日本から出張して来たサラリーマンに一目惚れしてしまったママ。「スーツ着た男なんて映画でしか見たこと無かったもの。だからあの人がスターに見えちゃったの」日本には妻も子供もいるって知ってたけど我慢出来なかったって。2人で過ごした期間は3ヶ月くらい。そんな短い時間で僕が出来た。だから僕は生まれた時から父親がいない。日本にいる。
小さい頃から「いつか日本に行こうね」ってママはよく言ってた。貧しくてそんなの絶対無理なのに。「日本」ってプリントしてあるTシャツをよく着せられてたのは小学校だったかな。本当は恥ずかしかったけどママが喜んで買って来たから断れなかった。少しでも日本と繋がっていたかったんだろうね。
そんな僕も30歳になった。今は小さい貿易会社に勤めている。今回の海外出張先は日本。いつもはエコノミー席だけど、今日は奮発してビジネスクラスにした。隣には目をキラキラと輝かせたママが座っている。ずっとずっと憧れていた日本。彼に会いたい? と聞くと、ママはまるで少女のように頷いた。30年前に手渡された、彼からのラブレターを握りしめながら。
photo by takumi yamamoto