第176回 守るべきもの
「こんにちは」「今日は雨だね」「そこ狭くないの?」「お顔が真っ白、僕よりも白いね」私のすぐ後ろの席から小さい男の子の声が聞こえてきた。会話は聞こえないけどなんだか楽しそう。そんな声を背中で聞いていると「カラダが透明なんだね、キレイだね」と言う。透明? 私はこの言葉を不思議に感じて振り返った。話していた子を見ると私の椅子の下を覗き込んでいる。この子は一体誰と話しているんだろう。
ふと私が小さい頃住んでいた家を思い出した。独りっ子だった私の部屋にいたおかっぱの女の子のことを。夜泣きをする私をあやしてくれたり、ベッドから落ちそうな私に気づいてドアを叩いて親を呼んでくれたり、保育園でいじめられて帰って来た私を慰めてくれたり。言葉を憶えた私は毎晩その子とお話をしながら眠った。それは普通のことで、どこの家にもそんな子がいるんだと思ってた。その女の子はだんだんと透明になって、いつの間にか私の前からいなくなった。
男の子はまだしきりに話かけている。会話が弾んできたみたい。お友達になれたの? と声をかけると「うん!」と笑顔で返事をしてくれた。もしかしておかっぱの女の子?と聞くと「そう。可愛いねって言ったら赤くなっちゃった」間違いない。あの子だ。私は椅子の下を覗いた。誰もいない。そうか、私が見えなくなっただけなんだね。でも嬉しい。あの子はきっと目の前にいる。あの頃のように。