ミュージシャン・澤部渡によるソロプロジェクト、スカート。
類稀なソングライティング能力とボーカリゼーションでもはやインディー音楽シーンの顔というべき存在となったスカートが、活動スタートから約7年という歳月を経て、2017年10月にまさしく満を持してメジャーデビュー果たす。
そのメジャー1stアルバム『20/20』はメジャーというフィールドに身を置きつつも良い意味で背伸びせず、これまでのスカート サウンドを裏切らない極上のロック・ポップス作品となっている。
そんな彼にインタビューを実施。去年リリースしたサード・アルバム『CALL』からの流れや、今回のメジャー・デビューについてなど、傑作アルバム『20/20』の話を中心に話を聞いた。
text by Qetic・Takashi Matsuanaga
Interview:スカート
——新作『20/20』に至るそもそもの流れとして、去年リリースしたサード・アルバム『CALL』で評価、セールスともにしっかりとした手応えを得たということがありましたよね。その好調さを維持したまま、今回約1年ぶり、通算4作目のアルバム『20/20』を〈PONY CANYON〉からリリースする。新作に至る自分のモチベーションはどういうものだったんですか?
『CALL』の手応えをちゃんと反映するには、短いスパンで出すのが絶対いいだろうと思っていたんですよ。『CALL』のとき、自分の創作面の状態の良さだけでなく、みなさんの反応もよかった。だから、『CALL』を出した時点で「次のアルバムは絶対に次の年には出さなきゃダメだ」と思ってました。
——『CALL』のリリース記念のワンマン・ライブ(2016年5月27日/渋谷WWW)で、新曲として披露され、11月にシングル・リリースされた“静かな夜がいい”、山田孝之主演のドキュメンタリー『山田孝之のカンヌ映画祭』(テレビ東京系列/2017年1~3月)のエンディングテーマだった“ランプトン”、映画『PARKS』(2017年3月公開)のサントラに提供した“離れて暮らす二人のために”と、『20/20』の骨格を担う曲も、その間に生まれたものでしたよね。
そうですね。『20/20』に至る最初のきっかけは、やっぱり“静かな夜がいい”ができたことだと思ってます。
──確かに、あの曲が初めて演奏されたときは、まだタイトルもついてなかった。「すぐに演奏しなくちゃ」という前のめりな気持ちも感じたし、思いきってシティポップ的なサウンドに向かっていたのもすごく印象に残りました。そして、そこから始まっているという今回のアルバム『20/20』のタイトルは、英語では「よく見える」という意味。いいタイトルだし、ある意味スカートらしくないタイトルとも言えると思うんです。これまでの作品のタイトルには、独特のナイーヴさというか、晴れではなく曇りを選ぶような感覚があった。そういうところも含めて、今回すごく前向きに舵を切ったんだなと。
そうですね。“視界良好”という曲ができたときに「これをそのままアルバム・タイトルにしてもいいな」とは思ったんです。じつはもともと“視界良好”という曲が「20/20」というタイトルだったんですよ。それを、自分の体に服をフィットさせるように、「これを曲名にすべきか、アルバム・タイトルにすべきか」を考えて、こうしました。アルバム・タイトルとして記号っぽい感じもいいなと思って。
スカート / 静かな夜がいい【OFFICIAL MUSIC VIDEO】
——「20/20」という言葉の意味はどこで知りました?
鴨田潤さんの小説『てんてんこまちが瞬かん速』(ぴあ)で知りました。もともとビーチ・ボーイズのアルバムで『20/20』というのがあることは知ってたんですけど、その意味をちゃんと知ったのは鴨田さんの小説です。今回のアルバムが、あの小説で出てくる「20/20」という言葉の感じだなと思ったんです。
——じつは、アルバムのタイトル曲がないというのはスカートとしてはひさしぶりなんですよね。
ファースト『エス・オー・エス』(2010年)以来ですね。
──タイトル曲がひとつアルバムのキーとなって引っ張るというより、いろいろな楽曲をアルバムのタイトルが覆うような感覚なんでしょうか。
今回のアルバムは、主軸になる曲がいくつかあると思ってるんです。『CALL』のときは“CALL”という核になる曲があって、それを中心にアルバムを構成できたんですけど、今回に関しては“視界良好”もそうだし、“さよなら!さよなら!”って曲もそうだし、“静かな夜がいい”もそうだし、結構核になる曲が点在しているんですよ。
スカート / CALL 【OFFICIAL MUSIC VIDEO】
──『CALL』の延長線上として“いいポップス”が詰まってるとも感じたけど、別の面では澤部くんの変化もわりと感じたんです。歌い方もそうだし、アルバム全体の曲調でもすごく激しい曲とのコントラストみたいなものがあまりない。でも、そこにポップスとして必要な微熱というか、疼きみたいなものを感じて、すごくいいなと思ったんです。「微熱のアルバム」なんだな、と。
歌い方に関しては、何曲か、自分の中で変化があるなと感じてます。『CALL』に入っていた“どうしてこんなに晴れているのに”を発展させたようなものだと思います。あまり声を張らない歌い方。あと、もともとのアルバム曲候補にはすごく激しい曲も入ってたんですけど、外したものもあります。メンバーと今回のアルバムはどういう方向にするか話したときにも振り落とされた曲が何曲かありました。
──その選択基準のひとつとして、“視界良好”という曲が行き先を決めたという部分は大きいでしょうね。
そうですね。アルバム全体の指針を決めたのは、そこでしたね。あの曲は、最初のリフだけできてたんですよ。アルバムに向けての曲作りがうまくいってない時期があったんですけど、そのころのリハで「こういうリフだけはできてるんだけど」ってみんなに話して、「イントロだけでも合わせてみよう」ってことになったんです。そしたら、やってくうちにAメロにすっと行けた瞬間があったんですよ。それができたんで「わかった!」となって、家に持ち帰って作っていって。そういう部分では、バンドのグルーヴから生まれたものでしたね。
──今回、バンドが曲作りの過程に結構作用しているというエピソードが興味深いですね。というのも、最初はスカートは澤部くんの宅録ユニットとしてスタートしたものだったから。
そうですね。今回の曲作りに関しては、ひとりで作曲するだけじゃなくてバンドでスタジオに入って断片が出来る、みたいな曲がいくつかありますね。そういうことをするようになったのは今回からです。“視界良好”と“私の好きな青”はそうやってできた曲です。これまではセッションで曲を作るようなことをしてこなかった。
──その2曲がスタジオでのセッションからできたというのは象徴的かもしれないですね。そういうプロセスを経ると、曲が前向きになるというか。
それは狙ってました。「内省的なものじゃないものにしたい」という気持ちでいたので。
──そういう意味でも、さっきも言った“微熱感”はしっかりあるアルバムだと思います。心がぐっと高まっているんだけど、拳を上げているわけではない。
でも、熱を持っている状態ということですよね。
──そう。それがアルバム全体にいいオーラとして降りかかっていて、さみしげな曲やせつない曲も、後ろ向きではなく前を向いている。
アルバムを作る前は、今までにはないくらいのプレッシャーがありました。メジャーの話が来る以前から、自分自身に対して「下手なものは作れない」という気持ちがありましたから。僕のシンガー・ソングライター的な資質の部分での曲作りって、アルバムの『CALL』でいったん終わってるんですよ。今までに蓄積はあそこですべて使い果たしたと思ってるので、これから先は、今までやってこなかったことをやらなきゃいけないし、今までやってきたこととも向き合う作業が必要だと。そういう意味でも結構しんどかったですね。
──歌詞の面でもそうでしたか?
苦労しました(笑)。今までのスカートって、パッと僕が思いついた言葉をメモしたりして、それをネタ帳として歌詞を書くことが多かったんです。だけど、ネタ帳の言葉は暗かったり、さびしいものが多かったんで今回はあんまり使えなかった。
──それって言葉が悪いわけじゃなく、その言葉を澤部くんが今は使いたくなくなったということですもんね。
そうです。他にも今回は過去のストックが通用しないと感じた曲は多かったですね。
──それは自分でも変化として実感しますか?
これまであんまり作ってこなかったタイプの曲があるという自覚はありました。ただ、“静かな夜がいい”も“ランプトン”も歌詞としては『CALL』のフィーリングの延長線上なんですよ。やっぱり“視界良好”で、またべつの流れになった気がしますね。