2003年といえば、日本のロックシーンには際立ったムーヴメントがなかった時期だ。ただし、チャットモンチーやOGRE YOU ASSHOLEがメジャーデビューしていたりして、カテゴライズが困難な孤高の存在は同期だったことがわかる。そう、髭が今年デビュー15周年を迎えたのだ。
ユニコーンに多大な影響を受けた須藤寿は、必然的に奥田民生経由でビートルズ(The Beatles)に出会うこととなり、00年代に20代を過ごした彼やバンドは、その影響の中でもサイケデリックな部分や、英国的なシニカルさやファニーな部分をオリジナルに昇華していった。危ういのに楽しい。変なのに可愛い。そして何よりライブが最高にドライブしていた。彼らの同世代にそんなバンドはいなかった。
今回、ニューアルバムでもあり最新作の『STRAWBERRY ANNIVERSARY』と、〈ビクター〉時代の全音源から当時のスタッフがA面的なベストと裏ベストからなる2枚組『STRAWBERRY TIMES(Berry Best of HiGE)』を編集し、同時リリースする。
この機に、フロントマンの須藤寿とマイペースに見える髭の15年を振り返ってみた。
ちなみになぜストロベリーか? については、自明なのであえて説明はしない。
Interview:須藤寿(髭)
——今回はデビュー15周年という機会なので、髭というバンドのこれまでを検証しつつ、最新作についてもお聞きしたいと思います。まず、そもそもどんなビジョンで結成したんですか?
僕は後から入れてもらったんで、後から入って自分の好きな趣味を推してったってことだと思うんですけど(笑)。
——(笑)。最初は誰の色が強かったんですか?
最初は俺以外の斉藤(祐樹)と宮川(トモユキ)とフィリポ(川崎“フィリポ”裕利)の前のドラマーがやってたバンドだったんで、3人が曲も歌詞も書いてたんです。で、僕がボーカルとして呼ばれて「須藤も書けば?」ってやっていくうちに、少しずつ僕がメインになっていく感じだったんです。始めは大学のバンドだったから、彼らもどこまで本気だったかっていうとよく分かってなくて、うん。ぼんやり組んでいたものが単純にお客さんが集まってきて上手くいったって感じだと思うんですけど。
——〈ビクターエンタテインメント(以下、ビクター)〉時代の2枚組ベスト『STRAWBERRY TIMES(Berry Best of HiGE)』はシングルやライブの代表曲メインで収録されていますが、今振り返ってみるとどのあたりが転機だったと思いますか?
転機……。バンドの転機は『PEANUTS FOREVER』とかなんじゃないの? なんか景色がガラリと変わった気がする。
——アイゴンさん(會田 茂一)プロデュースで入って。
に、なったとか。確か、『Thank You, Beatles』とか『I Love Rock’n Roll』が2005年で『PEANUTS FOREVER』が2006年だから、その差1年ぐらいしかないけど、『PEANUTS FOREVER』に入った時に、なんかギアが変わった気がしたんだけどな。
——良くも悪くも、かっこいいロックンロールで、「同じ髭」になりかけてたところにアイゴンさんがプロデュースで入って、いずれ加入しちゃうことになるじゃないですか。
そうですね。
——ライブでもレコーディングでもトリプルギターでバリエーションを広げようとしてたのかな? と。
いや、そういうことでもなかったと思う。とにかくアイゴンさんには、バンドをまとめて欲しかったんですよ。バンドがあの時、分解しそうだったから、「やばいな」と思って。アイゴンさんには緩衝材として……やっぱ一人だけ大人だったし。僕たちは20代で、アイゴンさんがいればまとまるなっていう、精神的支柱だったんだと思う。だからライブではギターが3本もあるからダボついちゃうから、弾いてるようで弾いてない時とかいっぱいあったし。そういうのアイゴンさんは引くテクニック、自分が一歩下がるテクニックみたいなのはすごい上手というか、でも存在感はある、そういうのは感じました。
——〈ビクター〉時代、実験的なこともやってたじゃないですか。アルバム全1曲の『Electric』とか。髭のダンスミュージック的なアプローチの時代。
うん。『Electric』はもう、斉藤のものすごい影響下で作ってましたね。なんか『Chaos in Apple』が終わったあたりに、しばらく会ってなくて斉藤の家に遊びに行ったら、ものすごいレコードが増えてて、全部ミニマルテクノで。聴かせてもらったら俺もハマっちゃって。髭っていうグループがこれから先、音の方向転換するのは全く見えなかったけど、それまではものすごく駆け足でアルバムを作ってたんで、ちょっと休憩しようって時だったから、サウンド的なトライアルとして、昔の曲を今の影響でリアレンジしたら面白いんじゃないか? って言ったのが『Electric』。だからあれは新曲じゃなくて良かったです。
——このベスト盤の時以外にも転機だった頃といえば?
でもその辺が転機かもしれないですね。それまではアンダーワールド(Underworld)とかエイフェックス・ツイン(Aphex Twin)とか、それぐらいの範囲で済んでたものが、世界的にもそうなんですけど、2007年、2008年ぐらいから、また大きく変わってきたというか、いろいろなものが開けて見えるようになってきたというか。それでいろんなものを聴いた記憶がありますね。いろんなフェスにも遊びに行くようになったし。それも一つ転機だったかもしれないですね。
——2015年の『ねむらない』以降で、今回の15周年記念アルバムもそうですけど、マスタリングというか仕上がりの音像が変わったと思うんです。なので、それも転機なのかなと。今の20代で、サイケデリックなことをやってるバンドも多いですけど、USインディー以降とのリンクは『ねむらない』以降の特徴かなと。
ああ、そうかもしれないですね。
——須藤さん自身はリアルタイムの20代の音楽というより、もっと全般的にオーセンティックなアメリカの音楽を聴いていたり?
いや、全然聴いてないですよ。
——じゃあそれはバンドの中で起こる化学変化?
そうですね。何か常に聴いてはいるんでしょうけど。この『STRAWBERRY ANNIVERSARY』の参考になるような音源があったか? っていうと、全然そういうのはなくて「もう髭は髭でいいや」って感じになっちゃってるんで(笑)。何かを、それこそ前作(『すげーすげー』)の頃は、アラバマ・シェイクス(Alabama Shakes)聴いてて、でも歌詞とか全然アラバマ・シェイクスっぽくないし。
——いや、歌詞はならないでしょ(笑)。しかも『ねむらない』と『すげーすげー』は作品的には両極というか。
そうそう。『ねむらない』は自分の中ではやりたいことというか、かなり野心作だったんです。髭でベッドルーム・ミュージックというか、僕の中で寝ながら聴いて、そのまま落ちれるやつを作りたいなと思ってて、うるさくないやつを。それで本腰入れてやってたら、俺しか燃えてなかったというか、「やばい、これ、バンドじゃなくなってきてる」と思って作ったのが『すげーすげー』です。反動が出てる。「バンドにしなきゃダメだな」と思って。それで隣り合わせなんだけど両極端なアルバムができて。
——なるほど。
で、『すげーすげー』のツアーが終わった後に来年15周年だということに気づいて。15周年のアルバムを出すんだったらインプットしてる時間はなくて、制作を始めてくれないともう間に合わないと言われたんで、割と『すげーすげー』からインプットなしに、そのまま地続きに来たっていうのが『STRAWBERRY ANNIVERSARY』なのかなっていう。なんか聴いてる暇はないというか、ゆっくりしてる時間はない感じでしたね。
——両方に振り切った2枚の要素が今回のアルバムにはそれぞれの曲に落とし込まれてる感じがしました。“Play Limbo”のフェイドアウトが珍しいなと思ったり(笑)。
(笑)。解決しないっていうね。この“Play Limbo”って、リハしなかったんですよ。詞曲書いて、最後のレコーディングの時になんか今回のアルバム、物足りないな、もう一個、なんか予定調和にならない曲が欲しいなと思って。もうみんなに会う予定なかったんですよ、3日後に最終レコーディングなんだけど、リハも一回もなくて。時間がなくて2日目に、だったらその場でレコーディングしてみようと思って用意してた曲なんです。斉藤とはデモでちょこっと煮詰めてたんですけど、ベースとドラムは曲知らなくて「こんな感じで早いところと静かなところ、とにかくやってみよう、適当でいいよ」って言って。で、やってみたというのが“Play Limbo”です。
——すごいなぁ。でも勢いの方のライブ感じゃなくて、様子を見ながらやってるライブ感がありますね。
ああ、そうそう(笑)。ドラムとベースは曲が分かってなかったと思うから。
——面白い。でも分かってなくても形になるというか、むしろ「これ、こういうパターンね」って舐めてない感じがいいですね。
そうそう。「ほんとにこれでいいの?」みたいな感じでしたけど。
——近年のUSのサイケデリックやフォーキーなアーティストに通じるものを感じて。例えばマック・デマルコ(Mac DeMarco)とか。
ああ、いいですね。マック・デマルコは僕もすごく影響受けましたね。大好きでしたね。
——そういう感覚が数年前の髭とちょっと違うところかなと。髭っていうバンドの実年齢がどんどん分からなくなってきたとも言えるんですが(笑)。
ほんとですよね、確実におじさんなんですけどね(笑)。
——(笑)。“きみの世界に花束を”は素直に名曲! って言いたい曲で。愛しかないですね、この曲は。内容もストレートだし。
この曲は今回のアルバムでもちょっとでき方が違うというか、歌詞もバッチリみんなに見せる前にはできてたし、まぁ、プライベートなこととかもかなり色濃く反映した楽曲だと思います。だいたい、髭の曲の場合は自分が例えば曲を書いて、その時までは鼻歌だったり、ある程度、重要なキーワードぐらいしかなくて。例えば“ヘイトスピーチ”でも、サビの《ヘイトスピーチ》の連呼しかないとか、そんなもんなんです。バンドがまとまって「あ、この曲はいいね」ってなっていったら、みんなにアレンジしてもらった後から、歌詞の肉付けをする。だから、割と歌詞は後付けだったり、曲先だったりするんで、その中で“きみの世界に花束を”は曲と歌詞が同時にできてて。まぁ他のメンバーの影響をあんまり受けてない曲だと思います。
——それに『ねむらない』以降って、コーラスがすごく増えたなと思うんです。今回もしかりで。
そうそうそう。コーラスが好きになったんだと思います。コーラス考えるのが楽しいし。あと、最近の制作事情にも関わってると思うんだけど、スタジオで合わすよりも自宅で、お互いのデモで高めあえる環境になったから。でもドラムとかベースって全部打ち込みで作っちゃうから。で、スタジオ入った時に、みんなに好きにリズムつけてもらえばいいやっていうことで、ベースとかドラムはある程度のところまでしか作らないんですけど、そうなってくると作れるのって、ギターとコーラスぐらいで、コーラスはいくらでも自分で考えられるから。だからコーラスが増えてきたのかも。
——“得意な顔”の無機質なサイケデリアもいいですね。
これはね、ベースラインをまず頭の中で思いついて。そのワンフレーズのみでベースは始まりから最後まで行ってもらって、あとは歌とギターで景色を変えてみようと思って。“得意な顔”は一発録りで、中盤の構成は小節数決めないでやったので、何テイクか録ったんですけど、全部長さが違って。結果的に一番はじめに録ったテイクをOKにした気がする。
——いいですよね。決めてない感。
そうそう。最近思ったのが、レコーディングも、そういうふうに予定調和じゃない感じでした方が、あとあと日記として機能する、あまりに自分で作り込み過ぎて、バッチバチにアプリケーションで作りまくっちゃうと、何年後かに聴いた時につまんないなと思っちゃうんです。余白や予定調和じゃないのもが残ってると、何年後かに自分で聴いた時にそこにスリルを感じたり、この頃のこの音源、面白いなと思える。自分の15年やってきたキャリアとしてはそういう感触があって、作り過ぎないものの方が忘れた頃に楽しめる。一生懸命作り過ぎた曲って、後で聴くとつまんなかったりして。「あれ?」って感じがしちゃうんですよね。
——デビューしてすぐの時代のレコーディングは今に比べるとかっちりしてるというか。曲自体は昔から自由だけど、仕上がりに今の方が余白がありますね。
そうですね。あの頃はアイゴンさんと南石(聡巳)さんのコンビだったんで、結構、〈ビクター〉の一番最後のあたりは僕たちも分かってなくて。どういう風に味付けされたのか、教えてくれなかったし。それはそれで今聴くととっても新鮮なんですけどね。最近のはどこまでも直せちゃう技術がすごくて、どこまでも直せちゃうから、直さないようにするのが難しいんです。女性の写真撮るアプリと同じで、できるだけ修正したい、めっちゃ顎とか尖らせたいし、目を大きくしたいし、できるんだけど、やっちゃうと自分じゃないんだよなみたいな。それを手にいれた時はそのテクノロジーを駆使して、すごい喜びに浸ってたんですけど、それを始めた頃の自分たちのトラック聴くと「誰でもいいんじゃない?」ってなっちゃう。理想の雛形みたいになっちゃって、最初は大満足なんだけど、もともと影響を受けたビートルズやヴェルベッツ(The Velvet Underground))の曲たちを聴いてみると、間抜けなとこばっかりで、「これすっぴんじゃないの?」みたいに感じる。
——その時代は技術的にすっぴんにしかできなかったというのもありますけど。
自分はどんどんどんどんナルシスティックに直したいんだけど、人はナルシスティックなところを見たくない、その人のすっぴんの部分を見たい、特にロック、音楽とかアートというのはそういうものだと思うんですよ。その人のすっぴんを見たいものなんです。ビジュアル系も言葉を変えればすっぴんみたいなものだし、その人たちからすれば、あれが素顔だってことだし。なんかそう考えた時に、自分はもう……演歌歌手ぐらいうまく歌えるんならOKだけど直してしかそうならないなら直すなよっていう感じのところになってるんですかね。
——もともと影響を受けたミュージシャンとは別に、今のミュージシャンだとどういう人たちが励ましになりますか?
でも周りにいっぱいいるんだよね。ガタリ(須藤寿 GATALI ACOUSTIC SET)とかやってて、ガタリのメンバーはみんな励みになるなぁ。なんかすごいみんな面白いんだよな。ガタリのメンバーとのレコーディング、それも15年というキャリアの中では一つの転機になるというか。2012年ぐらいから知り合い始めたんです。長岡(亮介)とかケイタイモ(KEITAIMO)、ゴメス(中込陽大)、伊藤大地とか。やっぱりみんな直さないんだなと思って。レコーディングした時に「やっぱそうだよな」と。何も話さなかったんですけど、俺よりもみんなすっぴんで、すごいそれは励みになりましたね。でも実は、「ただうまかっただけなんだ、こいつら」と思いましたけど(笑)。
——髭って60年代〜80年代のアーティストと並べてもおかしくないし、今の20代のバンドと並べてもおかしくないと思います。
あ、ありがとうございます。
——CHAIやTempalayも髭、好きですもんね。
そう、Tempalayもびっくりした、こないだと大阪でライブした時、打ち上げで(小原)綾斗から話しかけてきて、「いやー、須藤さんのギターのステッカーの位置からバッジの位置から髪型から全部真似してましたよ」って(笑)。CHAIは褒めてくれ方も面白いし才能もあるし。3日前ぐらいに新宿LOFTでライブだったんですけど、久しぶりに踊って(ばかりの国)の下津(光史)に会えて。あいつも初めてあった時は“ブラッディ・マリー、気をつけろ!”とか聴いててくれてて。ちょうど一回りぐらい下なんですよね、みんな。民生さんと僕もその関係だから、やっぱ一回りすると好きなものも回るんでしょうね。
髭 – ブラッディ―マリー、気をつけろ!【MUSIC VIDEO(Short Ver)】
——ちなみにアーティスト写真には佐藤(謙介)くんも一緒に写ってますが、今、どういう状況なんですか?
サポートですよ。そこが髭はゆるくてね。MVには映ってないしね(笑)。昔ほどそんなにバンドってことに固執してるわけじゃないし。でもだからいい感じの距離感で付き合えてるんだと思います。
——メインソングライターとしてのプレッシャーはあると思うんですけど。
いや、全然ないですよ、全然(笑)。今回は15周年だし、みんなで書いた曲でやろうって言って作ったし。全然プレッシャーなんかないですよ(笑)。