2011年の発足から、昨年10周年を迎えたカルチャーパーティ・SETSUZOKUのアニバーサリープロジェクトの第2弾がいよいよスタート。
2022年1月に開催された初回イベントではDJ NORI、MUROの2人が渋谷のミュージックバー・INC COCKTAILS(以下INC)に登場。招待客を前にそれぞれ1時間ずつのDJを披露した。
日本のクラブ・カルチャー黎明期からシーンを牽引し、40年近いキャリアをもってもなお勢力的に活動する“世界の至宝”ことDJ NORI。そしてアンダーグラウンドからメジャーまで、幅広くその名を轟かせるMURO(King Of Diggin)。プロジェクトユニット・Captain Vinylとして、あらゆるジャンルにおけるヴァイナル・サウンドに向き合い続けた彼らは、この10年間におけるクラブイベント/レコード/ベニューの変化をどのように捉えるのだろうか。
先日公開された鼎談記事「INTERVIEW:SETSUZOKU × FACE RECORDS × INC COCKTAILS」を目にした読者はすでにご存知だろうが、イベント開催にあたり、SETSUZOKUは出演する2人のDJに対しある“ルール”を提案した。それは、都内有数の良盤を揃えるレコード屋・FACE RECORDSでセレクトしたレコードを一部選定する、というものだ。
DJ NORIとMUROは昨年2021年12月、実際に店舗へ赴き、膨大な商品のなかから、この日のためのレコードをチョイス。QeticではFACE RECORDSでの選盤を終えた2人に、インタビューを行なった。
対談:DJ NORI × MURO
トップ・ヴァイナル・ディガー DJ NORIとMUROが考える「レコード屋の魅力」
──まずはご出演されるSETSUZOKUに向け、どのような判断基準をもとにレコードをセレクトしたのでしょうか?
MURO 僕は以前INCでDJの経験があったので、まずは自分の知っている曲を中心に、あの場所で聴けば気持ちよさそうだと感じる曲を選びました。それこそ、この10年はプレイする場所をシミュレーションしながら選ぶことが多いんです。
DJ NORI 僕は逆に、INCへ行ったことがないんです。人から聞いた情報をもとに選んだので、いつもの癖みたいなものが出たかもしれない。開催前に一度伺ったうえでイメージを膨らませたいな、とは思っています。
━━どんな曲が選ばれたのか、楽しみにしています! そういえばお2人って、今回のように普段から一緒にレコード屋へ行くことが多いんですか?
DJ NORI たまに行くかな……というより特に予定を合わせずとも、偶然会うことが多いよね。
MURO 会うよね(笑)。会わなかったとしても、訪れたレコード屋の店員さんに「さっきNORIさんがいらっしゃいましたよ」なんて言われることが結構あります。特に下北沢近辺ですかね。最近の下北沢は、昔の宇田川町みたいにレコード屋が増えてきているから楽しいです。
DJ NORI 90年代の宇田川町はとにかくレコード屋が多くて。店舗の多さだと、世界でナンバーワンでしたね。
MURO 逆に80年代は西新宿。90年代から徐々に渋谷が盛んになっていきました。
──そして近年では再びレコードの人気が再燃しましたよね。ブームが到来することで、お2人の“ディグ”には何か変化が訪れましたか?
DJ NORI 欲しかったレコードに出会う率が上がりました。特にオリジナル盤を見つける機会は増えたので、そういう部分はありがたいです。その一方、作品の価値が上がることを嬉しく思いつつも、レコードの値段が徐々に上がってきたのは辛いかもしれません(笑)。
MURO 何より競争率が激しくなりましたね。現場で歩きながら曲を探す身にとって、気がついたら欲しかったレコードが店頭から無くなっている、という状況が厳しい。ディガーが増えたことで苦戦を強いられています。「レコードに呼ばれた気がする」なんて勘違いを起こしながら、見つけたらつい買っちゃうようになりました(笑)。
──現在はオンラインショップやネットオークションなどで購入する、という選択肢もありますが、店舗に足を運んでレコードを探すことの魅力とは何でしょうか?
MURO やっぱり出会いが楽しいです。各店舗の壁一面に飾られているオススメのレコードをチェックするのが面白い。新譜を見る機会が増えました。またレコード棚から自分の耳を頼りに探しだすのも面白いですよね。
DJ NORI 僕も現地での出会いを大事にしていますね。お店で実際に聴ける、ということに魅力を感じます。
大箱のクローズと新たなベニューの誕生、ダンスフロアの10年間
──今回、SETSUZOKU10周年にちなみ、ここ10年間におけるクラブシーンの変化についてもお聞きしたいです。まず、10年前というとお2人は……。
MURO 僕個人はクイックにレコードを早替えするスタイルでDJをしていました。Captain Vinylを始めたのが2013年。現在パーティを開催している渋谷・Contactで始める前、NGORO NGORO HARAJUKU(ンゴロンゴロ原宿)というミュージックバーからスタートしたんです。フロアも小さいのであまり踊れる感じではなく、どちらかといえばラウンジスタイルでした。
まさにNORIさんと知り合ってから1曲の重みを学びましたね。DJのやり方もBtoB(複数のDJが1曲ずつ交代で選盤するスタイル)になったことで、プレイが変化していった10年間でした。
DJ NORI 彼とはかなり前から出会っていたのですが、Captain Vinylをスタートしたことで僕もモチベーションが変わって。刺激を受けましたね。
僕は10年前だと、青山のZEROがある場所にあったクラブ・LOOPで活動していたんです。その時点で30年以上DJを続けていたのですが、初心に返ったのがこの10年間だったと思います。7インチレコードにもフォーカスするようになって、レコードとの出会いが楽しくなりました。毎回、Captain Vinylを開催するたびに刺激を受けています。
──では、クラブという環境の変化はいかがでしょうか? この10年間で都内の景色もかなり変わったのでは。
DJ NORI キャパシティの大きかった西麻布のクラブ・Space Lab YELLOWが2008年、そしてその跡地にオープンしたElevenも2013年にクローズし、2016年には渋谷にContactがオープンしたりと、環境としてもちょうど変わり目の時期だったかもしれません。
MURO 元々、場所やイベントに合わせながらDJをすることが多かったのですが、Contactがオープンしたことで自分が“踊らせるDJ”に変わっていった実感はありました。
当初は若い人たちが多かったものの、ここ最近で年齢の幅が広がったように思います。Captain Vinylを訪れるお客さんでいうと、1人でオープンからラストまで楽しんでくださる若い女性などもいて。時代が進むにつれ、個々の楽しみ方も、バリエーションが広がっていそうです。
──DJバーのような形態が普及したのも相まって、幅広い世代がクラブカルチャーを楽しめる環境になった感覚はあります。その一方、2020年以降はコロナ禍でクラブへのアクセスが遮断された時期もありました。お2人も無観客配信に参加されましたよね。
DJ NORI DOMMUNEはたまに出演していたので配信自体は経験がありましたが、無観客で配信を実施したことはなくて。お客さんとキャッチボールができないことに違和感がありましたね。
普段はゆったりとした気持ちのいい曲をセレクトすることが多いのですが、自分でも気づかないうちにガンガン上げちゃったり(笑)。どっちのスタイルで臨めばいいのかが分からなくなったりもしました。
MURO 確かに、フロアのノリを見れない状態が難しかったです。選曲も変わったかもしれません。
──2021年は緊急事態宣言や、まん延防止等重点措置に応じながら、日曜の昼にCaptain Vinylをスライドして開催するなど、お2人にとってもイレギュラーな開催が重なったと思います。本来の月末最終火曜日・19時スタートに戻った時、どんな印象を受けましたか?
DJ NORI 2021年の10月末に火曜開催へと戻したのですが、僕らだけじゃなく、お客さんにとっても“久しぶりの火曜”だったので、すごくいい感じの空気がありましたね。
特に、復活後2度目の開催である11月30日の回は、波に乗れた実感はありました。「戻ってきたな」って。逆に僕がレギュラーを担当しているDJ Bar Bridgeは、週を重ねるごとに少しずつお客さんが戻ってきた印象がありました。
MURO 確かに、我々も明るい時間からの現場に慣れてしまった分、まだ終電間際までの時間帯に慣れていなくて。朝まで開催するナイトイベントだと、ちょっと嫌な汗をかく時もありました(笑)。
レコード屋へのアクセスが遮断されてもなお募る“レコード愛”
──コロナ禍によってクラブへのアクセスと同時に、レコード屋へのアクセスも遮断される時期がありましたね。お2人はその間、どのようにディグされていたんですか?
MURO 俺はラジオでテーマに沿った曲を紹介しなければいけないので、初めて通販を利用しました。でも盤の状態が確認できないので、やっぱり不安は拭えなくて。
とにかくレコード屋に行けなかったのは息苦しかったです。「こんなにも苦しいんだ」って。というのも、レコード屋からあらゆるインスピレーションを受けていたんですよ。
音楽からジャケットのデザインまで、あらゆるヒントがレコード屋にある。とりあえずレコード屋に行って考えることが今まで習慣づいていたので、何も頭が回転しなくなっちゃったんですよね。
NORI 確かに辛かった。ただ僕の場合は趣味である野球、特に大谷(翔平)くんの活躍に救われてました(笑)。
僕の場合はロックダウン中に“家掘り”を極めていて、1人でずっと家のレコードを整理する時間を作っていました。やり始めるとキリがないものの、ずっと昔に買った曲の魅力に再び気づくような瞬間もあったので、有意義だったかもしれません。
──今回SETSUZOKUの会場であるINCは、レコードでプレイすることに特化したサウンドシステムです。最後に、ぜひ“レコードでDJをする”ということの魅力をお聞かせください。
MURO 僕は逆にレコードでしかDJをやったことがなくて。先ほど10年間での変化についてお話ししましたが、データを用いたDJが一気に増えたことも、この10年間の大きな変化だったと思います。
振り返れば、僕もその流れがあったからこそ「7インチでもケース一箱だけで3〜4時間はDJできるんだよ」と強がっていた節はあったかもしれません。他のツールが考えられないくらい、レコードが馴染んでいます。
DJ NORI 僕は空気感ですね。CDを用いてDJをやったこともあるのですが、やっぱりハマれないんです。僕は針を落とす行為が好きですし、何より重ねた時のボリュームや、音質のバランスに魅力を感じます。
──イベントを通し、お2人の感じる“レコードの魅力”はお客さんにもしっかり伝わると思います。当日を楽しみにしています!
DJ NORI × MURO(King of Diggin’)
セレクトしたレコード(一部抜粋)
Respect Yourself / The Stapele Singers
Chain of Fools / アレサ・フランクリン
Donald Byrd / I’m Tryin’ To Get Home
INC COCKTAILSを舞台に
DJ NORI、MUROが生み出した“上質な時間”
SETSUZOKUが開催された日、その場に居合わせたオーディエンスたちは、思い思いにレコードとカクテル、そして空間のマリアージュを楽しんでいた。
「着席して音楽を楽しむ」というスタイルで開催された当イベント。家族や友人、カップルで訪れた客もいれば、1人でバーカウンターに腰掛け静かに音楽を楽しむ客の姿も。
INCのバーテンダーたちがシェイカーを振る音、そしてクラシカルな音響設備から発せられる豊かな旋律がミックスされ、心地よい空間が生まれていく。DJ NORI、MUROの2人は、終始穏やかな表情でターンテーブルに向き合っていた。
「自宅でお酒を飲みながら、レコードプレイヤーで音楽を聴く」ということも魅力的だ。しかし、あらゆる要素における“なかなか経験できない上質さ”というのは、リアルな地へ足を運ばない限り体験できない。
リアルな場で何かを体験する、ということの価値が刻々と変化している現在。イベンター・DJ・レコード屋・ミュージックバーというそれぞれのプロフェッショナルが揃った今回のイベントは、まさに文字通りの“なかなか経験できない上質さ”を提供していた。
Qeticでは今後もSETSUZOKUのプロジェクトを重ねるごとに、イベントの様子と出演者のインタビューをアップデートしていく。ぜひ次回のイベントに期待しつつチェックいただきたい。
Text:Nozomi Takagi
Photo :SETSUZOKUASIA
PROFILE
DJ NORI
’86年に渡米、Larry Levanと共にプレイする経験を持つ。映画『MAESTRO』では、世界のダンスミュージック・シーンに最も影響を与えたパイオニアのひとりとして出演。’06年、初のミックス・アルバム『LOFT MIX』をリリース。’09年、キャリア集大成ともいえる“DJ NORI 30TH ANNIVERSARY”を開催。前人未到の30時間ロングセットを達成。2013年6月より青山ZEROにて新パーティ<Tree>を始動。同年、<Salsoul>と<West End>の音源をミックスした『Spirit Of Sunshine – Nori’s West End Mix』を<OCTAVE LAB>よりリリースし、海外でも人気のシリーズとなる。また奇才プロデューサー、Maurice Fultonとの交流も深く、共同制作した楽曲を収めたEP『We Don’t Know EP』<Running Bac/ Bubbletease Communications>も国内外で高い評価を得ており、楽曲制作においても活躍。2015年11月25日に、再びミックスCD『Take The N Train -Nori’s Mix-』を<OCTAVE-LAB>よりリリース。2017年には同じく<OCTAVE-LAB>よりダンス・クラシックスの宝庫<TK Records>の膨大なカタログから選曲したDJミックスCD『GHETTO DISCO: Nori’s T.K. Disco Session』をリリース。
さらに”King Of Diggin”こと、MUROとのユニット、CAPTAIN VINYLでの活動においては、渋谷Contactでのレギュラーパーティに加え、Boiler Roomアニバーサリーへの出演や、2018年にはミックスCD『DIGGIN’ DISCO』をリリース。また、当時のNYをリアルタイムで経験した人物として、『C’5 Vol.2 中村キース・ヘリング美術館10周年記念〜キース・ヘリング・ナイト〜with Red Bull Music Academy Workshop session(2017年)』に出演、『Pop, Music & Street キース・ヘリングが愛した街 表参道(2018年)』展ではコメントを寄稿。40年近いキャリアを持つ今もなお、音楽のみならずあらゆるカルチャーシーンにおいていまだ精力的に活動を続けており、音楽のかけ方、音楽そのものの表現方法を知るDJとして、世界の至宝と呼ばれる所以となる。
MURO
日本が世界に誇るKing Of Diggin’ことMURO。「世界一のDigger」としてプロ デュース/DJでの活動の幅をアンダーグラウンドからメジャーまで、そしてワールドワイドに広げていく。現在もレーベルオフィシャルMIXを数多くリリースし、国内外において絶大な支持を得ている。新規レーベル”TOKYO RECORDS”のプロデューサーにも名を連ね、カバーアルバム【和音】をリリースするなど、多岐に渡るフィールドで最もその動向が注目されているアーティストである。
Captain Vinyl
DJ NORIとMUROによるプロジェクト。あらゆるジャンルを網羅した選曲はクラウドを魅了し、ゲストとしても国内外に招聘されている。2018年4月には、名義発のMIX CD『DIGGIN’ DISCO presented by CAPTAIN VINYL』をユニバーサルからリリース。東京が誇る2人のトップ・ヴァイナル・ディガーが、その膨大なコレクションから主に7インチを持ち寄り、ソウル、ディスコ、ガラージ・クラシックス、ハウスだけでは無い幅広いセレクトでプレイする日本屈指のパーティである。
-Culture Party- SETSUZOKU
セツゾクは『新しい“Boom”の創造』を目的にミュージックを通じて、様々な分野へセツゾクする新たな表現の場、トレンドを発信するメディア・エージェンシーです。2011年の発足から年齢や性別を問わず感性を共有し合うことができる、独自の世界観を持つ人々に向けて発信してきました。今後も国内外を問わずストリートやライフスタイルの延長にあるエンターテイメントを目指していきます。それぞれにとって目には見えない何かを。そんなきっかけを提供する事がミッションです。