シンガーソングライター・湯木慧が、デビュー5周年の記念日である2022年2月22日(火)にファースト・フル・アルバム『W』をリリース。本作品には、5年前のデビュー曲“一期一会”、代表曲“一匹狼”や“スモーク”、映画主題歌“心解く”、最新曲“XT”など、湯木慧の5年間の活動を一作にまとめた全17曲入りというベスト盤ともいえる作品となっている。
今回、Qeticではファースト・フル・アルバム『W』の作品を紹介。そして、湯木慧 本人がぜひ聞いて欲しいというアーティストたちに『W』へのコメントも。
アルバムレビュー
『W』 – 湯木慧
“心解く”のインタビューで「次はどんなことがしたいか」と尋ねたとき、湯木慧は次のように答えていた。
「何者になりたいかが分からない今、探している間にいろんなものになってみればいいんじゃないかなと。いろんな人になってみたい。(中略)やっぱり誰かを憑依させて、演じながら曲を作るのが楽しいんだなって」
そこから数ヶ月が経ち、2022年2月22日にリリースされた1st Full Album『W』。彼女は “ミュージシャン”ではなく“創作者”として、物語を紡ぎだした。
大勢の「僕」が生き方を考える“W”という物語のプロット
湯木自身のモノローグからはじまる“WithWho?New2DoubleTalkin’DoubleYou”は、いわば舞台の前説だ。“拍手喝采”で物語の主人公――「僕ら」が舞台袖から登場し位置につく。
「君」「あなた」と相対することで輪郭が浮かびあがる不特定多数の「僕」の姿を、スポットライトは激しく追いかける。「僕」は過去や未来、運命と対峙し、自分のいる“現在”を受け入れたり、拒絶したりする。自分自身の肌に密接する世界に絶望し、自分の選択が知らない誰かに影響を及ぼすことを恐れる。
ボロボロになりながらも真摯に“相手”へと向き合い続けたそれぞれの「僕」は気づく。「僕」はずっと「僕」の内面とも向き合い続けていたのだ、と。不安が襲いかかってきても「僕はただ唄う」と決意し、時には苛立ち、悩み、悲しみを内面に抱えながらも前進する。
走り続けた末、「僕」は過去の「僕」に連れ添ってきた「君」を思いだす。大勢の「君」が、気づけば客席や舞台袖、同じ舞台のうえで「僕」と相対している。「ごめんね。忘れてたんだよ。人ってね、繋がっていること」と、「僕」は自分自身に当たっていたスポットライトを「貴方」「あなた」「アナタ」へと向ける。
「僕」である我々は、見ず知らずの“誰か”の世界で「あなた」になり得る
収録曲のうち4曲は舞台・映画の劇中歌/主題歌に採用されており、必ずしも各楽曲に登場する「僕」が同一人物とは限らない。むしろ同じ時系列で複数の「僕」がパラレルに存在していて、時に相関(クロス)しあいながら生きている。湯木はこの『W』という作品で、あらゆる「僕」を演じる。
「僕/君」、「僕/運命」、「僕/世界」、そして「僕/僕」。相対するあらゆる“W(ダブル)”が空間を構築していく。メタ的な視点も散りばめられており、「ステージ」と対になる「客席」や、「表舞台」に対する「舞台裏」にも容赦なくスポットライトが当たる(“MahounoHimitsu”で「舞台裏」であるレコーディング中の会話を収録したのは、これらの楽曲が「表舞台」で演じられていることを強調したかったから、かもしれない)。
このアルバムから想起されるのは、レオス・カラックスが2012年に発表した映画『ホーリー・モーターズ』だ。この作品では、1人の男がパリの街なかを巡りながら、9つの物語でそれぞれの“役”を演じる。男はリムジンカーの中で特殊メイクを施し、老婆や父親、ギャングへと変身。淡々と業務を全うする。
映画の終盤、別の物語におけるヒロイン役は、“Who Were We?(私たちは誰だったの?)”と男に語りかける。湯木が今回リリースした『W』は、まさにこの問いを現在進行形である“Who Are We?(私たちは誰?)”に変換したような作品だ。
客席にいる「あなた」――つまりリスナーである我々にも「僕」役を振ることで、問いに対するヒントを与える。リスナーである我々が楽曲の「僕」に心を動かされた瞬間、我々自身にも「僕」が憑依し、悩み、苦しみながら自身が“何者”であるかを探し始める。
では、あらゆる“W”を可視化し、難解な問いを投げかけることで、湯木は何を伝えようとしているのか。それは「僕」である我々が、見ず知らずの誰かの世界における「あなた」や「僕」にもなり得る、ということだ。
湯木は最後の楽曲“XT”こそが、このアルバムの根幹であると語る。この“XT”とは「クロストーク」と読み、通信回線に近辺での通信内容やノイズが混線する状態を指す。
“XT”における漢字の「貴方」は愛する人に対して、ひらがなの「あなた」はファンの人たち、カタカナの「アナタ」はみんなのことを指す、と解説する湯木。“選択”では「繋がる」ということへの恐れと覚悟を語った「僕」が、“XT”では不特定多数の相手に向け、積極的に「繋がる」ことを求める。
そしてそのメッセージを強く象徴するのが、アルバムのジャケットだ。表ジャケットの手は、ホームレスのおじちゃんの手。そして裏ジャケットはドラァグクイーンの手の写真である。いずれも、いろんな“W”が込められた当アルバムの思想を体現する存在だ。湯木は「“W”の世界にリンクする人を考えたら、絶対にこの2人にお願いしたかった」と振り返る。
湯木は普段からよく地元の駅で見かけるホームレスのおじちゃんに声をかけ、表ジャケットの写真を撮影した。シワや爪などの「表層」的な情報の裏には、膨大な過去が詰まっている。声をかけたことで初めて、湯木と彼は「僕」と「君」という関係性で繋がった。そして同時に我々も、見ず知らずの彼と「僕」と「君」で結ばれることになった。この写真を目にした時点で、もはや“見ず知らず”ではなくなっている――これが、湯木の考える“W”の世界だ。
湯木が紡ぐ「僕」と「君」との対話をただ傍聴しているだけだった我々は、湯木に手を引っ張られて舞台上に立たされる。最初は自分の一挙一動を相手に示すことすら恐ろしく感じるかもしれない。しかし、湯木が演じる「僕」と我々の「僕」が重なり合うと、不思議と緊張や不安が抜ける。彼女自身が楽曲を通し「選択に間違いはないんだよ」と語りかけてくれるからだ。
「コロナ禍で『みんなと同じことをしなきゃいけない』という空気が強くなりましたよね。でも、自分が出す答えと違う答えを出す人もいる。それぞれが“W”の世界を思いやりながら、人と繋がればいいなと願っています」と、湯木は「アルバムを届けたい相手」について語る。
湯木はデビューから5年間もの音楽活動で、見えない無数の「繋がり」と対峙し、世界がどう構築されているかを読み取ろうとしていた。そして生きている「僕」が誰とどう繋がり・形成されているかを手繰り寄せた結果、“Who Are We?”という質問に対する彼女なりの答えを導き出したのだ。
流動的な答えだからこそ、彼女自身の結論も今後アップデートしていくかもしれない。我々の考えとは齟齬が生じるかもしれない。でも、それでいいのだ。「何者にでもなれる」ような生き方こそが、彼女にとっての“W”だ。では、「あなた」は? “拍手喝采”の舞台はすでに開幕している。
Text by 高木望
W – 湯木彗
meiyo
デビュー5周年、おめでとうございます。
こんな時代に、きちんと収録曲順に一曲一曲を大切に聴くべきアルバムがリリースされたことが自体が非常に喜ばしく、
それがこんなにも素直な言葉と希望に満ち溢れた作品であることが尊い。
音楽と僕を肯定してくれてありがとう、なんて勝手に思ったりして。てへ。
丁
純粋で真っ直ぐな声から紡ぎ出される物語は、優しく心に寄り添って、温かく包んでくれる。そして時に強く背中を押してくれる力強さもある。そんな世界を見せてくれる小説です。
日食なつこ
恵まれた声、秀でた頭脳、潤沢な感性。
常人が望み欲しがる財産を、いくつもいくつも抱える彼女。
その腕はきみにはおよそ知り得ない重みに軋んで悲鳴を上げている。
その声が滲んでしたたり落ちるような作品、「W」。
精巧に編みこまれたメッセージを、きみはいくつ捕まえられるだろう?
おそらく全部拾うことは不可能だろうな。
水源は、途方もなく遠く深く孤独な場所にある。
ならばせめて水源に近づくべく努めることを選んでほしい。
”ありがとう”が伝聞ではなく、直接その口から届く距離を目指して。
きっと過剰な見返りなんて彼女は望んでいないだろうから、
きみも世の中に散らばる余計なものものを重ねることはしないで、
純粋な心ひとつ抱えて、歩き始めてほしい。
針原 翼(はりーP)
湯木慧さん
この度は「W」発売おめでとうございます。
昨年の空白ごっことのツーマンライブではお世話になりました。
また一緒にライブができることも楽しみにしています。
今回の「W」楽しみに聴かせていただきました。
湯木さんの一ファンとしても、音楽プロデューサーとしても、このような機会をいただき光栄です。
早速ですが「W」は、大きく明確なメッセージのある作品でした。
楽曲ごとに込められた湯木さんの言葉や想いが、数珠繋ぎになって答えに向かっていきました。
映像も含めて既に発表されている楽曲は今回のアルバムに収録されることで「湯木さんが本当に伝えたいものに向かっていく鍵」のような存在にも感じました。
アルバムの折り返しにあたる「スモーク」「心解く」がこの位置にあること、その後に続く楽曲によって湯木慧の真価が表現されていると思います。
そこに「何が込められているか」はそれぞれの発見があるかと思います。
僕としてはここまで作り込まれた作品を目の当たりにするのが久しぶりの感覚でした。
例えばですが、それと同じ感覚を読みものの作品で紹介をすると、吉野源三郎「君たちはどう生きるか」サン=テグジュペリ「人間の土地」夏目漱石「こころ」など、読者に未来を委ねるような作品で、今回の「W」にも同じく提示されたように思います。
自他一如という言葉がありますが、世の中を正しく見る人格者になるには、聖職者でもなければ生業としても難しいでしょうし、日々の忙しい生活の中だと他人は他人で自分は自分として、一緒などとは見ようともしない部分かと思います。
人間本来の本質を見抜いたり、人の「心」に触れようとする作者の作品には、優しさや大らかさに加えて、自分と他人を分け隔てなく見る目を感じます。
音楽に限らない芸術性、湯木さんがあえて音楽を使う芸術家だからでしょうか。
作品を作る側、受け取る側、その中間に湯木慧作品の本質があり、最大の魅力に思いました。
楽曲を通して感じるオーガニックなサウンドワークや湯木慧さんの歌声の優美な響きによって、このような倫理観や思想感(命に関わる言葉)も難題にせず感じ取れる問いかけや道標になっていると思います。
僕は今回、湯木さんの作品を”初めて聴いた”ような気がします。
そう思わせる力強い作品でした。
PROFILE
湯木慧(ゆき あきら)
表現することで、“生きる”ことに向き合い、“生きる”ための感情を揺さぶる鋭いフレーズとメッセージで綴った楽曲と、五感に訴えかける演出を伴うライブパフォーマンスを武器に、シンガーソングライターとしての活動だけでなく、イラストやペイント、舞台装飾、ミュージックビデオの制作などにも深く関わり、自身の個展とアコースティックライブを融合させた企画等もセルフプロデュースするなどマルチなフィールドで活動する。
2019年、自身の21歳の誕生日である6月5日にシングル『誕生~バースデイ~』でメジャーデビュー。
8月7日にはメジャーセカンドシングル『一匹狼』をリリースし、ワンマンライブ「繋がりの心実」をキネマ倶楽部(東京)、Shangri-La(大阪)にて開催。11月にはGallery Conceal Shibuyaにて初の単独個展『HAKOBUne-2019-』を開催し、「音楽」のみならず「アート」面でもその存在をアピールした。2020年8月19日にメジャーファーストEP『スモーク』をリリース。23歳を迎えた2021年6月5日に日本橋三井ホールにて初のホールワンマンライブ『拍手喝采』を開催し、新レーベル“TANEtoNE RECORDS”の設立を発表。
8/8に第一弾シングル「拍手喝采」をリリースし、映画『光を追いかけて』の書き下ろし主題歌「心解く」を9/29リリース。
12月には澁谷藝術にて2度目の単独個展『HAKOBUne-2021-』を開催。
そして、今年デビュー5周年記念日2022.2.22に初のフルアルバム『W』をリリース。
INFORMATION
1st Full Album『W』
湯木慧
2022.02.22(火)
・通常盤(CD): LDTN-1003/¥3,000(税抜)
・初回限定盤(CD+DVD+スペシャルパッケージ):LDTN-1002/¥5,000(税抜)
・LD&K SHOP限定・フォトブックSET(CD+フォトブック):LDTN-1004/¥4,500(税抜)
-CD(通常盤/初回限定盤共通)-
1. WithWho?New2DoubleTalkin’DoubleYou
2. 拍手喝采
3. 火傷
4. 二酸化炭素(舞台「二酸化炭素」劇中歌)
5. 嘘のあと feat. 実(舞台「人生の最後はきっといつも最悪」主題歌)
6. 十愛のうた(舞台「僕は影のあとを追う」劇中歌)
7. 金魚
8. スモーク
9. 心解く(映画「光を追いかけて」主題歌)
10. MahounoHimitsu
11. 二人の魔法
12. 選択
13. バースデイ
14. 一匹狼
15. ありがとうございました
16. 一期一会 -2022-
17. XT
−DVD(初回限定盤のみ)−
湯木慧ワンマンライブ『拍手喝采』at 日本橋三井ホール(2021.6.5)
1. 拍手喝采
2. 極彩
3. Answer
4. スモーク
5. 網状脈
6. アルストロメリア
7. ハートレス
8. 選択
9. バースデイ
10. 金魚
11. 追憶
12. 火傷
13. 一匹狼
14. 一期一会
15. ありがとうございました
+ワンマンライブ『拍手喝采』メイキング映像
『W』リリース記念全国ツアー「Wは誰だ。」
2022.05.07(土)東京・渋谷スターラウンジ
OPEN 17:30/START 18:00
ADV ¥4,500/DOOR ¥5,000(全自由・D代別)
2022.05.14(土)大阪・心斎橋BOHEMIA
①OPEN 14:45/START 15:30
②OPEN 17:45/START 18:30
ADV ¥5,500/DOOR ¥6,000(全席指定・D代別・軽食込)
2022.05.15(日)愛知・名古屋BL cafe
①OPEN 14:30/START 15:00
②OPEN 17:30/START 18:00
ADV ¥4,500/DOOR ¥5,000(全自由・D代別)
2022.05.22(日)福岡・ライブハウス秘密
①OPEN 14:30/START 15:00
②OPEN 17:30/START 18:00
ADV ¥4,500/DOOR ¥5,000(全自由・D代別)
2022.05.28(土)北海道・PROVO
①OPEN 15:30/START 16:00
②OPEN 18:30/START 19:00
ADV ¥4,500/DOOR ¥5,000(全自由・D代別)
2022.06.04(土)神奈川・横浜1000CLUB
OPEN 17:00/START 18:00
ADV ¥5,800/DOOR ¥6,300(全自由・D代別)