90年代日本は、映画や美術・デザイン、ファッションなどあらゆる要素を横断しながら、海外のカルチャーが街の文化と融合した時代。当時はレコードショップが宇田川町を中心に軒を連ね、ミニシアターでは連日フランス映画が上映されていた。

渋谷とフランスに物理的な距離はあれど、街の文化史には深く関係しているのだ。

昨年、移動型プロジェクションマッピングで渋谷の街に希望を照らしたMAPP_が、今年は渋谷のランドマーク・Bunkamuraドゥ マゴ パリ祭>に架空のパリをつくりだした。

フランスを知り、体験するためのドゥ マゴ パリ祭

まず、今回の舞台であるBunkamura<ドゥ マゴ パリ祭>について説明したい。

2007年にスタートし、今年で15年目を迎えるBunkamura主催のイベント<ドゥ マゴ パリ祭>。フランス文化を愛する人が多く訪れる当企画は、毎年フランス革命記念日(=7月14日)の期間にあわせ開催される。

イベント名の由来は、ピカソやヘミングウェイなど多くの芸術家が集ったとされるパリのカフェ「ドゥ マゴ」から。単にフランスにまつわるプロダクトを販売するだけではなく、展示やアトリエ、ワークショップの開催など、フランスの文化そのものを体験できる機会を多く揃えているのがポイントだ。

昨年のコロナ禍によるオンライン移行を経て、今年は約2年ぶりにBunkamuraでのオフライン開催となる。昨年も好評だったカフェテラスでの音楽ライブに加え、フランス語教室や南フランス地方発祥の手芸「ブティ」のレッスンなど、例年通り「ショッピングだけじゃないフランスの魅力」を満喫できるようになっている。

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Bunkamura・ドゥ マゴ パリ祭

では、今年の<ドゥ マゴ パリ祭>に華を添えるMAPP_とはどういう存在なのだろうか?

2016年にカナダ・モントリオールではじまった「プロジェクションマッピングの概念を変える」コレクティブ・MAPP_。彼らは街をクリエイティブな“PLAYGROUND(遊び場)”に変えていくことをビジョンに、さまざまなクリエイターたちをつなぐコミュニティの中心として活動する。

アートだけではなく、デザインやテクノロジーの分野とも交錯しながら、多くの都市にネットワークをもつMAPP_は2020年に東京での活動をスタート。「第23回 文化庁メディア芸術祭 受賞作品展」の公式アート振興プロジェクトとして、渋谷初の移動型プロジェクションマッピング<MAPP_TOKYO>を実施した。

プロジェクターを搭載した自転車「MAPP_BIKE」とともに、商業施設や学校、神社など、渋谷一帯を移動しながら、あらゆるランドマークの壁に国内外さまざまなアーティストの作品を投影。街行く人々に驚きを与えただけではなく、コロナ禍における“新しい観賞様式”を広く提示した(詳しくは、昨年Qeticに掲載した記事を参照いただきたい)。

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2020年<MAPP_TOKYO>で展示されたプロジェクションマッピング
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2020年<MAPP_TOKYO>でBunkamuraに投影された伊藤敦志さんの作品

知らないことは全部新しいこと

MAPP_がBunkamura<ドゥ マゴ 祭>で用意したのは、施設内の柱や壁、音色をも“パリ一色”にするインスタレーション。「PLAYTIME」というテーマのもと、パリにまつわるイラストをフロア内に掲示し、パリの雰囲気を作り出す。また、Bunkamura一帯にはジャック・タチの名作映画『プレイタイム(PLAYTIME)」のサウンドトラックを放送。視覚と聴覚から、来場者に「パリを感じさせるPLAYGROUND」を提案する。

今回イラストを担当するのは、昨年の<第23回メディア芸術祭>でマンガ作品『大人になれば』がマンガ部門新人賞を受賞した伊藤敦志。ジャック・タチの『プレイタイム』だけではなく、さまざまなフランスの映画や音楽、文学をモチーフに彼の解釈と混ぜ合わせた作品を提供した。彼はイラストを考案するにあたり、自身が触れたフランスのカルチャーを振り返ったという。

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フランス映画作品の名シーンを思わせるものから、伊藤氏自身の作品である『大人になれば』のキャラクターまで、今回のテーマを再解釈したイラストが展示されている

伊藤 「今回のテーマである『PLAYTIME』っていうと、僕の中でもやっぱりジャック・タチが思い浮かぶんです。『大人になれば』も彼の作品から影響を受けて描いた作品だったので。ただ、なるべく本質を捉えて描きたかったので、ヌーヴェルヴァーグの作品など過去に鑑賞したものはある程度見返しました。

僕は今年49歳なのですが、90年代に過去の映画が再評価されていたのを、地方からではありますがリアルタイムで追っていた世代なんですね。Bunkamuraを訪れるお客さんには同世代や年上の方もいらっしゃると思うので、イラストを観て、ふと昔の自分を思い出すような作品を描ければと思いました」

全体的に「古いフランス映画に出てくる架空の街をイメージした」という伊藤氏。パリのカフェ「ドゥ マゴ」に文化人が集まり、カルチャーを生み出していく様子を表現しよう、というアイディアにたどり着いた。人々の往来を描くなか、さまざまな映画の要素をミックスしていった。

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ベンチに高さを合わせ設計された壁画。「ドゥ マゴ」に因んだ人物や、名作に登場するシーンを「ドゥ マゴ」に落とし込んでいる。

伊藤「映画の一部のシーンをそのまま再現するのではなく、自分の中で解釈は加えています。かなり可愛いらしく、シンプルに落とし込んだので、何の映画かわかりにくいものもあるかもしれません。

ただ、今回はただのイラストではなくインスタレーション。その空間にしっくりとハマっていて、かつそこに描くことに意味があるようなものが描ければ、とは思っていました。全ての元ネタがわかるような方はもちろんですが、映画の空気感が作用し、鑑賞する人が楽しい気分になれば嬉しいです。

そして来場者の方には、オマージュ元である古い映画作品も「新しいもの」として捉えていただけたら。『知らないことは全部新しいこと』っていう考え方。新しい・古いを時系列で考えるのではなく、自分が知らなければ全てが“未来”のものになる。インスタレーションをきっかけに、若い人が新しい文化を知るきっかけになればいいなと思っています。」

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エレベーターのイラストは内側からも楽しめる仕掛けに。止まる事なく、すれ違ったり、出会ったりすることを想定して描かれている。

伊藤さんの作品は何かを、空中に醸し出している

一方で今回のインスタレーションの目的について「コロナ禍で気軽に旅行ができない今、パリの雰囲気や旅行気分を味わってもらえたら」と語るのは、MAPP_。

Bunkamura始まって以来の“施設内部を活用したインスタレーション”となる今回、MAPP_はどういったことを意識しながら、空間づくりを進めていったのだろうか。

MAPP_「私たちMAPP_の思いはひとつ、Bunkamuraに “パリを感じるプレイグラウンド” を誕生させること。コロナ禍で旅行ができず、パリ行きをずっと楽しみにしている、パリ好き、フランス好きの皆さまに、思い出たっぷりな旅行気分を味わってもらえる空気感をBunkamuraにつくりたい。

伊藤さんの作品は何かを、空中に醸し出しているんです。『大人になれば』だけではなく、さまざまなイラスト作品にセリフが無いのも関係しているかもしれません。Bunkamura<ドゥ マゴ パリ祭>をたのしみに来た方々とお店の方がまるでパリの旅で出会ったかのように会話ができそうな空気感になれば最高です。Bunkamuraは、そもそもフランスにゆかりの深い建築で、装飾が施されているので、その上で伊藤さんと盛り上がりながら架空のパリの街をつくっていきました」

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壁の前で写真を撮れるフォトスポットも、フランス映画の名シーンと『大人になれば』の解釈が混ざり合っているという

取材中にも、柱や壁の前で立ち止まる人や、写真を撮る人の姿も見受けられる。今回の企画に込めた想いを次のように語る。

MAPP_「MAPP_ のビジョンにある『街を“PLAYGROUND”にする』って、コミュニケーションが生まれるきっかけづくりかもしれません。『日常に物語を作る』ことのきっかけといいますか……ジャック・タチの『プレイタイム』の世界観は本当に素敵でしたし、観てると面白さに気づいてる自分にうれしくなる感じがあったりするんです。

人と空間のやりとりとか、人と人がずれてるんだけどぴったりあってるっていうタイムラインとか。シーンに隠れてるなにかに気づくことでうれしくなる感覚、とか、伝わります? そういう、思わず誰かに伝えたくなるようなシーンがMAPP_ × 伊藤敦志 『PLAYTIME』のあちらこちらに点在しています。会場内で撮られた写真には、#OuiPLAYTIME (*)のハッシュタグで、旅の思い出をシェアしてください。」

(*) #OuiPLAYTIME(発音は”ウィプレイタイム”)
フランス語 ”Oui”=ウィ=We
OuiPLAYTIME は WePLAYTIMEでもあり、「私たちはPLAYTIME する」という意味も含まれています。

また、現在Bunkamuraでは、伊藤さん自身がMAPPメンバーにサプライズで制作していたという、本展のオリジナルのパンフレットが数量限定で配布されているとのこと。展示されているイラストが一面で繋がっており、ここでしか見られない平面段階のイラストが掲載されている。
関係者同士でも、楽しませたいという人との交流があったことが、もしかしたら今回の展示を象徴しているかもしれない。

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伊藤敦志さん制作のオリジナルパンフレット

INFORMATION

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Bunkamura Bon Bon -Bunkamuraフランス月間2021-

2021年7月1日(木)〜7月31日(土)
Bunkamura
〒150-8507 東京都渋谷区道玄坂2-24-1
TEL:03-3477-9111(代表)
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