真っ暗闇に覆われていたインダストリアルな秘密基地は、冷淡なエクスペリメンタルサウンドにも余裕で勝る暑さと湿度によって、普段は開かずの扉さえ全開となり、全身ブラックの装いに変わりはないものの肌の露出が多く、様々な熱気に満ちた異例の<Berlin Atonal 2019>。
今年も8月28日から9月1日の5日間に渡り、Kraftwerkをメイン会場に開催された同フェスの現地レポートをお届けしたい。
REPORT:
Berlin Atonal 2019
Photo by Frankie Casillo
パフォーマンス終盤、“Love Inna Basement(Midnite XTC)”のオープニングが流れた瞬間、時がピタリと止まり、何も聴こえなくなった。たった0.1秒にも満たないその出来事の直後、“ハレルヤ!!”と割れんばかりの歓声が沸き起こった。オーディエンスたちが最高沸点に達し、会場内が一体となった瞬間だった。その頭上を殺気に満ちたレーザーライトが高速で飛び交い、何発ものLEDライトが激しく発光し合い、ステージ全体を光が覆った。
土曜日のメインステージのトリ、今年のハイライトであり、個人的ベストアクトとなった、ObjektことTJ HertzがビジュアルアーティストのEzlla Millerと共に見せた圧巻のパフォーマンスである。光に包まれたステージ上の表情はほとんど見えなかったが、“してやったり”と言わんばかりのいたずらっ子のような笑みを浮かべた瞬間だけ手に取るように分かった。
Objekt + Ezra Miller
©️Helge
一辺倒なテクノに飽きていたのか、それまで楽しんでいたOHMのダブやドラムンベースが場違いだと感じてきたのか、Tresorは閉塞感にやられて長時間はいれない、とにかく好みのビートを心底欲していたのだと思う。縦長の巨大スクリーンを背負い、向き合いながらプレイするObjektとEzlla Millerのステージは紛れもなくAtonalである。しかし、目を瞑ればそこは90年代のUKレイヴカルチャーの現場へとタイムスリップした。個人的にピッタリハマる程よいBPM120から突如160にジャンプアップ、テクノを背景に、アシッドハウス、ブレイクビーツ、ダブステップ、エレクトロと、ジャンルの垣根をぶっ壊しながら再構築していく。Objektの手によってアレンジされつくした唯一無二のトラックたちは、終始、万華鏡のようにキラキラした魅力を放ちながら予想不可能な変化を遂げていった。
エモーショナルも入り混じるまさに究極のオールドスクールを身体全部で受け止めた。圧倒され過ぎて、言葉が“やばい”しか出てこなかったが、終わった後もしばらく“やばい”ままの放心状態が続いた。好き勝手にやっているようで、完璧主義なことでも知られる彼は全てにおいて緻密に計算しつくしているのだろうと、ニヤリと笑ったObjektの端正で神経質そうな顔を思い浮かべながら思った。
Objekt + Ezra Miller
©️Helge
このままでは、“Objektレポート”になってしまうため、フェスの話に戻そう。今年は、2日目の木曜日から参加したが、とにかく終始ビートを求めては彷徨い、湿度にやられては外へ空気を吸いに出るといった行動を繰り返し、残念ながらあまり音に集中出来なかった。深夜になっても外に人集りが出来ているという異様な光景が忘れられない。勝手なことを言わせてもらえば、例年のように”涼しくて、全然夏の風物詩じゃないじゃん!”と文句が出るぐらい冷んやりした空気の方が同フェスには合っている。
それでも、どうにかハンドタオルと扇子片手に全てのステージを網羅することが出来た。それらを貴重な写真とともに紹介したい。
毎年、日本人アーティストの活躍が目立つが、今年はアムステルダムで開催されていた<DEKMANTEL>にも出演していたChee Shimizuが2日目のOHMでアンビエントセットを披露。フロアーには大きなビーズクッションが敷かれ、寝っ転がりながら聴くというユニークで贅沢なスタイルだった。
Chee Shimizu
©️Helge
Atonalファンからも熱い支持を集めている日本を代表するアーティストの一人、Yousuke Yukimatsuが4日目のStage Nullに登場。彼のプレイを一目見ようとオープニングからフロアーはほぼ満員状態の中、僅かなビートを刻むアンビエントからゆったりとスタートした。立ち振る舞いそのものから隠し切れない武士道オーラが溢れ出し、彼の表情と共に徐々に激しくなっていくビートに日本語ラップが入り込み、いよいよブレイクの瞬間を迎えるであろうその緊張感だけで鳥肌が立った。大歓声が上がる中、今後ますます世界各地での活躍が広がっていくだろうと感じた。
YousukeYukimatsu
©IsabelOToole
2日目のメインステージのトリ、Shapednoiseと気鋭の映像作家Pedro Maiaによるオーディオビジュアルライブ。彼ら目的のオーディエンスも多い中、機材トラブルで1時間近く押してスタートしたが、ステージの前方と後方にスクリーンを設置し、Shapednoiseがプレイする目の前にPedroの映像が投影されていくというインスタレーションのようなパフォーマンスは待った甲斐があったと言える完成度の高いものだった。Shapednoiseのサウンドに合わせたカラフルでアヴァンギャルドな七色の光やフィルムのコラージュのようなアナログ映像、ミニマルなモノクロームの世界とスクリーンに釘付けとなった。深夜1時過ぎ、ようやく“Atonalが始まった”と感じた瞬間である。
ShapedNoise+PedroMaia
©IsabelOToole
Shapednoise
©️Helge
Atonalは、最もベルリンらしく、インテリジェンスでコマーシャルを一切排除したどこまでもストイックな実験音楽の祭典である。これほど会場で音楽関係者と遭遇するフェスは他にはなく、業界関係者からの注目度も非常に高いのも特徴である。そのため、よほどのノイズやポストクラシック好きでない限り、一般的にはやや難解で、何を求めて参加するかによって楽しみ方や感じ方が変わってくる。すでに4年参加している私だが、毎年趣向を凝らし、綿密にプログラムを変えてくる同フェスは、予習なしではまだまだ理解し切れない未知の領域である。
Huerco S
©️Helge
Shackleton
©️Helge
Vladislav Delay
©️Helge
Photo by Frankie Casillo
最後は、例年よりスポーティーで露出度の高さが目立った“ミニマルブラックファッション”を会場スナップと共にご覧頂きたい。
”フラッと見に来た。”というDJ/プロデューサーのLawrenceをキャッチ。
Photo by Frankie Casillo、Helge Mundt、IsabelOToole、Ari Matsuoka
Thanks to Nicolina Claeson
Text by kana Miyazawa