音楽の街ベルリンには素晴らしいコンサートホールが多数点在する。しかし、最高峰と呼べるのはやはり「ベルリン・フィルハーモニー」だろう。世界が認める一流の音楽家だけが集結しているベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地であり、考え抜かれた音響設計による最高品質の音が聴ける場所だ。

そんなクラシックの聖地でCobblestone Jazzがライブパフォーマンスを行った。当然ながら、クラシックではなく、エレクトロニックミュージックである。多種多様な音楽ジャンルが交差するベルリンでも非常に珍しく、希少な機会になったことは言うまでもないが、メンバーの1人マシュー・ジョンソン(Mathew Jonson)へのインタビューを含めた現地レポートをお届けする。

【イベントレポート】 クラシックの最高峰ベルリン・フィルハーモニーでCobblestone Jazzの即興ライブを体感 column230425_cobblestone_01
ダニュエル・テイト(左)、マシュー・ジョンソン(中央)、タイガー・デュラ(右)の3人からなるCobblestone Jazz

EVENT REPORT
2023.04.04
Passion Electronique
in Berliner Philharmonie

ポツダム広場は東西に分断されていた当時のベルリンの壁があった場所の一つとして知られている。そこから程近い場所には20世紀の近代建築を代表する傑作が2つ並んでいる。ひとつはミース・ファン・デル・ローエによる「新ナショナルギャラリー」、もうひとつはハンス・シャロウテンによる「ベルリン・フィルハーモニー(以下、ベルリン・フィル)」だ。この偉大なる建築のおかげか、近付くにつれ自然と背筋が伸びてくる。

【イベントレポート】 クラシックの最高峰ベルリン・フィルハーモニーでCobblestone Jazzの即興ライブを体感 column230425_cobblestone_02
Berliner Philharmonie

ベルリン・フィルの中に一歩入ると一気に厳かな雰囲気が漂い、緊張が走る。メインホールはオーケストラを真ん中にして、その周囲をオーディエンスがぐるりと360度囲むワインヤード形式となっており、テントのような屋根が特徴的な少し風変わりなデザインだが、これが世界最高峰の音楽家と耳に肥えたファンたちを満足させる音響を放つ秘密兵器となっている。

当然ながら連日開催されているのはクラシックコンサートだ。しかし、4月4日は『Passion Electronique』と題されたクラシックとタンゴとエレクトロニックミュージックを融合させたスペシャルイベントが開催され、そこにCobblestone Jazzがゲストとして出演した。ミニマル/テクノのライブアクトとして活躍するマシュー・ジョンソン、DJ/プロデューサーのタイガー・デュラ(Tyger Dhula)、キーボーディストのダニュエル・テイト(Danuel Tate)からなるCobblestone Jazzは、テクノをベースにジャズの即興性を盛り込んだオーガニックなサウンドが特徴的で日本でも人気を博している。

世界的に活躍しているエレクトロニックミュージックにおけるトップアーティストであってもベルリン・フィルに出演する機会は滅多にないことだろう。マシュー・ジョンソンにそこに至った経緯について尋ねた。

「今回のイベントの主催者でヴァイオリニストのAiken AitbayとMaren Ernstには、パートナーのJay Medvedevaを通じて知り合い、エレクトロニック・ミュージックとクラシック・ミュージックを隔てるベールを破り、若い世代と経験豊かな世代を結びつけるという夢を抱いていたことからオファーをもらいました。実現するまでは想像を絶する努力が必要だったので、彼女には本当に感謝していますし、出演依頼を受けたことを光栄に思っています。」

【イベントレポート】 クラシックの最高峰ベルリン・フィルハーモニーでCobblestone Jazzの即興ライブを体感 column230425_cobblestone_04
Aiken Aitbay

毎週末のようにどこかのクラブやフェスに出演しているマシューだが、今回のイベントは、クラシック専門のコンサートホールとあって通常とは全く違う会場で環境も違う。しかも、クラシックファンとタンゴオペラを観にきたオーディエンスも多い中で、エレクトロニックミュージックを披露することはプレッシャーではなかっただろうか?

「2つのジャンルが持つ長所と短所を純粋な状態で体験できるのは珍しいことです。 即興ライブは常にエキサイティングですが、非常にリスキーでもあります。 しかも、ベルリン・フィルのように礼儀正しく着席している観客の前で演奏するのは興奮度をさらに高めることになりました。即興ライブと一緒に流した新井 樹が手掛けたビジュアル映像のおかげで、会場全体に良い雰囲気と相乗効果が生まれたと思っています。来場してくれた皆さんと素晴らしいステージに敬意を表しながら誠実に演奏できました。」

「ダンス、音響、オーディエンスのフィードバックなど全てがいつもと異なります。個人的には、ダンスフロアーでみんなが踊っている時や笑顔が見える時に感じる繋がりが恋しかったです。ベルリン・フィルのステージから観客の顔は見えず、暗い部屋に一人でいるような感覚になりました。それはとてもタフなシチュエーションであり、アーティストとしてインスピレーションを得るために内面を深く見つめる必要があります。そういった中でキーボーディストのダニュエル・テイトとドラムのパトリック・シンプソンがいてくれたことが私にとって幸運でした。2人が暗闇の中で光のような存在になってくれて、それがとても心地良かったです。」

同イベントが開催された4月4日は、キリスト教におけるイースター(復活祭)前日までの46日間から日曜日を除いた40日間の斎戒期間のことを差す「四旬節」に当たるとのこと。本格的なタンゴを観たのは初めてだったが、アコーディオン奏者Aydar Gainullinを筆頭にソプラノ歌手、ダンサーともに終始情熱的でステージが終わった後もしばらく興奮が冷めなかった。やはり音楽はどんなジャンルであっても素晴らしく、深く知れば知るほど人生の一部となっていることを実感した夜だった。

Text by 宮沢香奈
Photography by DetNissen

宮沢香奈 コラム