ベルリンの夏は終わりに近づくほど、哀愁を帯び、美しさが増していく。ライトアップされた中世ヨーロッパの世界遺産を会場に、デトロイトテクノの先駆者ジェフ・ミルズJeff Mills)が奏でる高貴なエレクトロニックサウンドが鳴り響く。

ドイツ芸術が最も栄えた黄金期”ワイマール時代”を代表するサイレントフィルムと現代音楽の祭典<UFA FilmnächteUFA Film Night)>のワールドプレミアの模様をお届けする。

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© Bertelsmann, Photographer:Thomas Ecke

ワールドプレミアの最高峰、巨匠フリッツ・ラング作『ドクトル・マブゼ』 × テクノレジェンド・ジェフ・ミルズ

スクリーン横に設置されたステージに、タキシード姿のジェフ・ミルズが登場した瞬間の神々しさに、1人で無言のまま興奮状態に陥った。彼のオーラと存在感は90年代から永遠不変であり、遠く離れた関係者席からも充分過ぎるほど伝わってきた。これほどまで神々しいオーラを放つアーティストは他にいるだろうか?

ベルリンの人気観光地としても知られ、美術館と博物館が集結した「博物館島」とも呼ばれる「ムゼウムスインゼル」を会場に、2022年8月24日から26日の三日間に渡り、<UFA Filmnächte(UFA Film Night)>が開催された。同イベントは、ドイツの芸術が最も栄えたと言われる「ワイマール共和国」の時代に制作された映画の名作の上映に合わせて、作品からインスピレーションを得て制作されたサウンドトラックをライブで披露する夏の風物詩として人気を博しており、チケットはソールドアウト。

「ワイマール共和国」とは、第一次世界大戦後の1919年に成立し、ベルリンを中心に芸術文化が栄えたことから「黄金の20年代(Goldene Zwanziger)」と呼ばれ、民主主義の精神や自由な思想を謳歌した時代のこと。ナチス政権の誕生によって1933年に崩壊した。

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© Bertelsmann, Photographer:Thomas Ecke

ジェフ・ミルズがサウンドトラックを手掛けたのは、1922年に公開された巨匠フリッツ・ラング作のサイレントフィルム『ドクトル・マブゼ』(Dr. Mabuse, der Spieler – Ein Bild der Zeit)だ。オリジナルは4時間を超える長編となっており、ドイツ表現主義を代表する作品の一つとして知られている。同作は、ドイツとスイス間の経済協定書を盗み出し、配下の組織を操りながら偽札犯罪を目論む狂人的な百面相の催眠術師、怪人マブゼ博士が繰り広げる犯罪模様を描いたストーリー。

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Quelle/Copyright:Deutsche Kinemathek

難解なイメージの強いモノクロのサイレントフィルムだが、同作はストーリーの分かりやすさだけでなく、俳優のコミカルな動きや豊かな表情はシュールな笑いを誘い、ウィットに富んでいる。さらに、衣装、メイク、装飾、ロケーション、家具、車など、演出全てが豪華でスタイリッシュで釘付けになった。ギャンブルにハマる貴族が使い果たした現金の替わりにティファニーのジュエリーを差し出すシーンは印象的だった。自由な時代だったとはいえ、1920年代のドイツにこれほどオシャレな作品があったことに驚いた。

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Quelle/Copyright:Deutsche Kinemathek

ドイツと言えば、ナチスや独裁国家といった口に出すことも憚るような重くて暗いイメージが先行してしまいがちだが、古き良き時代に作られた素晴らしい芸術も多数残されているのだ。現代の技術で復元され、音楽とともに人々の記憶に残っていくことで新たな価値が生まれるのだと思う。

ジェフが奏でるサウンドトラックは、さりげないビートやノイズが響くアンビエントを中心に、ジャズのフュージョンやエクスペリメンタルテクノなど、映画のシーンに合わせて様々なサウンドが入り混じって変化し、臨場感に溢れていた。

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© Bertelsmann, Photographer:Thomas Ecke

私個人的な意見を言わせてもらえば、映画にとって音楽は絶対欠かせない演出の一つだと思っている。大昔に制作されたサイレントムービーであっても現代音楽家が作り出す最先端なサウンドによって観る人をストーリーに深く入り込ませる効果があるのだと実感した。

実は、ジェフ・ミルズは<UFA Filmnächt>と密接な関係にある。1927年に制作され、2010年に復元版が公開された『METROPOLIS』のサウンドトラックを手掛け、2017年の<UFA Filmnächt>にてパフォーマンスを披露、さらには、2019年にもフリッツ・ラング作『woman in the moon』にて、パフォーマンスを披露している。クラシックのオーケストラと初めてコラボレーションしたテクノアーティストとして知られているが、ドイツ映画の歴史にも深く関わっている重鎮であると言える。

次は、一体どんなサプライズを見せてくれるのだろうか? すでに、エレクトロニックミュージックの枠を超えた次元の違う世界にいることは確かだが、彼の思い描くビジョンは宇宙規模であり、全く予測不可能である。

Text by 宮沢香奈

宮沢香奈 コラム