厳かな教会でさえ、実験音楽の発表の場になり得てしまうのがベルリンだ。真っ赤にライトアップされた空間は無音の状態から異様なオーラを放ち、異次元への扉が開くのが待ち切れなくなる。昨年11月、ミニマルテクノの巨匠、ダブテクノの創始者の1人として知られるモーリッツ・フォン・オズワルド(Moritz von Oswald)がニューアルバム『Silencio(シレンシオ)』をリリースした。それを記念し、ワールドプレミアにてコンサートが披露された。その現地レポートをお届けする。

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生の歌声とヴィンテージシンセによって生まれたポスト・エレクトロニカの傑作

昨年11月10日、モーリッツ・フォン・オズワルド(Moritz von Oswald)が〈Tresor Records〉より、初のソロアルバムとなる『Silencio(シレンシオ)』をリリース。モーリッツは、マーク・エルネスタス(Mark Ernestus)と活動している別名義・Basic Channelとしても知られており、両名義ともにTresorとは親交が深く、そこには30年以上の長い歴史がある。長年のキャリアからして今作が初のソロアルバムということに驚いたが、完成度の高さは言うまでもない。

ベルリンのクロイツベルク区に位置する聖トーマス教会(St. Thomas Church)にて、リリースコンサートが開催された。11月とは思えない寒さとなったこの日だが、会場となった教会の前には長蛇の列が成していた。関係者受付でPRのPullProxyのスタッフに軽くあいさつを済ませて中へ。ワールドプレミアでの披露とあって前売りは完売、立ち見が出るほどの注目を集めていた同イベントには、Tresorのオーナー、ディミトリ・ヘーゲマン(Dimitri Hegemann)をはじめとする関係者の姿も多数あった。

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入場に時間が掛かったのだろう、約30分遅れで始まったコンサートは、モーリッツがスタッフに支えられて足を引き摺りながらゆっくりとステージに上がり、右手だけで演奏を始めた。その姿を見て最初はかなり心配になったが、そんなことはすぐに忘れ去るほど出音から別世界へと飛ばされた。彼のトレードマークでもあるタイトなジャケットにポケットチーフといったジェントルな着こなしは健在で、どんな時でも自分のスタイルを崩さないストイックで完璧主義な姿勢を見れたことは嬉しかった。

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最新作『Silencio』には、ドイツで最も高く評価を得ている声楽アンサンブル「Vocalconsort Berlin」が参加している。赤くライトアップされたステージのセンターに立つモーリッツを囲うように指揮者と両サイドに分かれた男女5名の声楽家が並ぶ。

オープニングは、モーリッツのソロによるアンビエントやドローンのパフォーマンスがしばらく続き、左右、上下、360℃に飛び交うノイズ、グリッチを必死に追いかけ、小さな音の変化を探る旅が始まった。陶酔し始めた頃に打ち込まれる地響きのような低い振動音やベース音に覚醒させられ、執拗なまでに反復するミニマルなフレーズにいよいよ飽きてきた頃に、突然大声で合唱が始まった。またしても不意をつかれ、次はどんな仕掛けがやってくるのか緊張しながら待った。

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歌声はゴスペルのように美しく、妖艶で幻想的、それが幾重にも重なり、教会中に響き渡る。しかし、人間が目の前で歌っているはずなのに機械的で奇怪的なその光景に戸惑った。最近はクラシックコンサートであっても紙の楽譜ではなく、iPadなどのタブレットを使用しているのをよく見かける。同コンサートでも同様にタブレットだったが、単に歌っているのではなく、秘密裏に何かを作動させているのではないかと錯覚した。それほどまでに、ステージ上では一体どんなマジックが行われているのか全く理解できない。

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静寂なアンビエントからスタートし、ミニマルなフレーズ、ノイズ、サンプリングした歌声を徐々にレイヤーしていき、壮大なサウンドへと完成させていく。私が理解できたのはこの程度だ。今作のドキュメンタリーが公開されているので是非観て欲しい。

Moritz von Oswald – Silencio(Short Documentary)

最新作『Silencio』は、エドガー・ヴァレーズやギオルギー・リゲティといったクラシック音楽家、現代音楽家のイアニス・クセナキスからインスパイアされたという。人間の歌声と人工的な音、声帯が生み出す振動とシンセサイザーの音、これらを対話させ対比する、これこそが今作のテーマであり、モーリッツが探究してきたことだ。幽玄的なクラシックと実験音楽のダークな不協和音を融合させ、人間の声のダイナミズムとヴィンテージシンセサイザーを融合させることによって、深く重く響く新しい音のパレットを創り出した。

作曲は、ベルリンのモーリッツのスタジオにて、1969年に製造されたEMS VCS3や1978年に製造されたProphet V、Oberheim 4-Voice、Moog Model 15といった希少価値の高いヴィンテージシンセサイザーを用いて行われたという。フィンランド人作曲家兼ピアニストのヤルコ・リヒマキによって合唱用の楽譜に書き起こされ、16声の混合合唱が完成した。

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さすがのベルリンであっても教会にバーの設置は不可能だったようだ。水すら一滴も飲めずに2時間以上座りっぱなしのコンサートというのはある種の拷問のように感じたが、そういった極限状態で聴いた時の音の感覚こそ本物なのかもしれない。外で聴くなら踊りたい!が自分のモットーであり、ビートを欲してしまうのだが、自宅ではアンビエントやエレクトロニカは癒しや静寂を与えてくれる。しかし、モーリッツがこだわり抜いた最高品質のサウンドは、これまで聴いたエレクトロニックミュージックのライブ史上最高峰であり、痺れた夜だった。

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Text:宮沢香奈
Photo:Helge Mundt
Thanks to : Pull Proxy

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Silencio

Moritz von Oswald
〈Tresor Records〉

2LPはこちらCDはこちらMoritz von Oswald

宮沢香奈 コラム