高校時代、デヴィッド・ボウイ(David Bowie)ほど完璧な美しさを持つ人物はいないと思っていた。グラムロック界の永遠のスターは、壁によって東西に分断されていた時代にほんの少しだけ西ベルリンに住んでいた。のちの1987年に、旧国会議事堂前で巨大スピーカーを東側に向けて壁の向こう側に集まった5000人に向かってライブを行ったことは有名な話だ。

先日まで<THE SUN MACHINE IS COMING DOWN>と題されたアートとテクノロジーのプロジェクトが開催されていた。このタイトルにピンとくる人もいるだろう。デヴィッド・ボウイがこの世に残した傑作“Memory of a Free Festival”のサビフレーズだからだ。会場となった「ICC Berlin」は70年代のベルリンが想像した近未来の姿だったのか。今年で70周年を迎えるベルリン芸術祭<Berliner Festspiele>をきっかけに再び蘇ったレトロフューチャーな巨大施設からレポートをお届けする。

アートとテクノロジーのプロジェクト
<THE SUN MACHINE IS COMING DOWN>

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DJ/プロデューサーのLawrenceことPeter Kerstenからインフォメーションが届いたのをきっかけに取材の準備を始めた。10月7日から17日の10日間に渡り、コンベンションセンター「ICC Berlin」にて開催された<THE SUN MACHINE IS COMING DOWN>は、ベルリン在住のクリエイターたちが次々と写真や動画をソーシャルメディアにポストするほど話題となった。

誰もが写真を撮ってポストしたくなるようなアイコニックな建物は、1979年に建築家ラルフ・シューラーによって設計された。28,000平方メートルを誇る敷地内には、大小を含めた80ホールがあり、マップを見ながら移動しないと迷子になるほど。レトロフューチャーなSFデザインも相まって方向感覚が狂ってしまうほどだ。維持費の問題から取り壊しの可能性が浮上していたとのことだが、2019年9月には歴史的建造物として登録されたのち、<Berliner Festspiele(以下、ベルリン芸術祭)>主催のプロジェクト開催によって、ようやく息を吹き返した。

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ベルリン芸術祭では、音楽、演劇、パフォーマンス、ダンス、文学、ビジュアルアートなどの分野における独立したフェスティバルや展覧会、イベントを多数開催しており、<Berlin Jazz Festival>もその一環である。70年間続いていることに驚いたが、今回の<THE SUN MACHINE IS COMING DOWN>はその集大成とも言える数え切れないほど多くのプログラムが盛り込まれていた。残念ながら全てを網羅することは出来なかったが、その中でも特に印象に残ったものを紹介したい。

「Julia Stoschek Collection」によるフィルム上映

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大ホールでは、アートコレクターでソーシャライトとしても有名なユリア・シュトーシェックの美術館「Julia Stoschek Collection」によるフィルム上映が行われた。サイバーパンクなデザインと終わりが見えないほど高い天井に圧倒されながら、レトロなライトが印象的な座席に着くとすぐに、世界的ビデオアーティストのエド・アトキンスの映像作品が流れ出した。生身の人間に近いアバターやリアルな架空世界をCGで生成し、スタイリッシュで洗練された映像を作ることで高い評価を得ているアトキンスだが、作品のコンセプトを知らないまま観てしまったため、シュールでシニカルといった印象しかなかった。私のようなデジタルアートに疎い人間にとっては事前に予習する必要がある。

モニラ・アル・カディリとラエド・ヤシンの『Suspended Delirium』

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デザイン的にも1番好みだったバーで休憩をしている際に、どこかから声と音楽が聴こえると思っていたら、同じフロアに展示されていたロボットパフォーマンスだった。腹話術人形を彷彿させる人間とネコの頭だけが天井から吊され、奇妙な会話をし出すというユニークな仕掛けは、『Suspended Delirium』と題されたモニラ・アル・カディリラエド・ヤシンとのコラボレーション作品。

Lawrenceのパフォーマンス

別のホールでは、LawrenceがグリーンのLEDと多数の観葉植物に囲まれたステージで、アンビエントミュージックのライブパフォーマンスを披露。大ホール同様に高い天井から吊るされたスピーカーから出る音が素晴らしく、ビートこそ少ないが心地良い音波が身体に響いてくる。当然ながらこの日は踊れる音を目的に来たわけではない。しかし、他のライブパフォーマンスを観ることはできなかったため、Lawrenceのステージが唯一となったが、美しいサウンドに最も酔いしれ、安堵することができた

見逃してしまったプログラムもあったが、正直なところもう少し大胆なアプローチを期待していた。よりコンテンポラリーにフォーカスしていたのかもしれないが、謎めいたものが多いように感じてしまった。しかし、このレポートで1番伝えたいことは、ベルリンにはまだまだ知らない文化が潜んでいるということだ。壁があった時代にICCのような”奇妙でスケールのおかしい宇宙船のような物体”を創ってしまうこの街は、やはりクレイジーだと思う。そして、建築、歴史、用途などすべてにおいておもしろい。

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トイレの中に設置されているパウダールームのレトロ感は旧東ドイツ時代のデザインDDRを彷彿させる。

悔しいけれど、ベルリンカルチャーの歴史を知り尽くしているドイツ人アーティストやクリエイターと比べたら、当然ながら私はまだ足下にも及んでいない。在住歴7年とはけっして長くなどないのだ。デヴィッド・ボウイのように2年足らず住んだだけでも、多大なる影響を与え続けることができる生まれ持ったスターでない限り、たった数年ではバイリンガルになれるわけでもなく、実績を残すことも簡単ではない。ベルリンの深くて濃厚な歴史独自の文化に触れる度、自分がこの地に存在する意味の答えが欲しくなる。

Text by 宮沢香奈
Thanks to Yuki Ohtani

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