クラブだけでなく、バーやカフェにも長い歴史があり、それぞれのカルチャーが根付いているのがベルリンの街だ。サマータイムに切り替わった頃から日が長くなり、4月には徐々にテラス席が開放され、長い冬を耐え抜いた人たちが待ってましたとばかりに席を埋めていく。

そんな光景は今も昔も変わらない。しかし、ここ最近で驚くほど変わったのはコーヒー1杯の値段だ。私が最も好きなフラットホワイトが1杯4〜5ユーロ(約600円〜750円)になるなんて一体誰が予想しただろうか。物価高騰の波を受け、ベルリンはもはや安価で気軽に楽しめる街ではなくなってしまった。

しかし、その反面でセンスの良いインディペンデントな店舗が増えたのも事実だ。富裕層を狙ったラグジュアリーな高級店ではなく、オーナーのこだわりやセンス、オリジナルのアイデアが詰まったユニークで他にはないスタイルを貫いている店が多い。音楽を良い音で提供するためのサウンドシステムや居心地がよくてスタイリッシュな空間作り、当然ながら提供するドリンクメニューにも独自のこだわりがある。

しかし、それだけでは今のベルリンで生き残ることは難しいだろう。アメリカナイズされたチェーン店を好まず、クールな人たちが集まる最先端スポットを好む傾向にあるベルリナーを魅了するには一体どんな要素が必要なのか? 今年3月にクロイツベルクにオープンしたばかりのカフェ&バー「Unkompress(アンコンプレス)」のオーナー・Kevin Rodriguez(ケヴィン・ロドリゲス/以下、ケヴィン)をゲストに迎え、話を聞いた。

ニューヨーク仕込みのセンスと知識をベルリンで提供する店

良音なレコードと和を味わえるベルリンのニュースポットを巡る──Text by 宮沢香奈 column230531_unkompress-08
「Unkompress」オーナーKevin Rodriguez

ケヴィン氏は、エクアドル出身のニュージャージー育ち、ニューヨーク・ブルックリンの様々な店で働きながら、ワインやコーヒーについて学んできた経験を持つ。その傍らDJとしても活動してきた。2019年にベルリンへ移住して、その半年後にはパンデミックとなった。そんな大変な時期を経て「Unkompress」をオープンさせた理由はなんだったのだろうか?

これまで自分が経験してきたことや情熱を注いできたもの、そして、自分の趣味、それらを一つの空間に集結させて、自分の場所を作りたいと思いました。カフェとバーの両方として機能させ、コーヒー、ナチュラルワイン、ビール、日本酒、CBDなどをレコードを聴きながら楽しむことができる、これが「Unkompress」であり、僕が求めていた他にはない理想的なスペースです。レコードは自分のコレクションなので非売品ですが、最適なサウンドシステムでレコードを聴きながらリラックスできる空間作りを目指しました。移住する前からベルリンはとてもユニークな街だと知っていたし、ニューヨークにも共通するところがあると思いました。だから、自分が理想とするいろんな要素が混ざっているスタイルでも受け入れられると思っていました。実際そうでしたし、それはおもしろそうだね! と言って賛同してくれる人が多かったのは嬉しかったですね。

良音なレコードと和を味わえるベルリンのニュースポットを巡る──Text by 宮沢香奈 column230531_unkompress-010

実は、当初はクロイツベルクではなく、プレンツラウアーベルク付近で物件を探していたとのこと。しかし、1年半探しても全く良い物件に巡り合えず、違うエリアで探し始めたところ現在の場所を発見。カフェやバーが立ち並ぶ激戦区からは少し離れた閑静な住宅地の一角に「Unkompress」はある。

店内に入ってまず目に入るのが、ニューヨークの伝説のパーティー<The Loft>で使用されていたものと同じクリプシュ社「Cornwall」の巨大スピーカーだ。現在もなお職人の手によって作り続けられている希少価値の高いスピーカーであり、このスピーカーから流れてくるJazzの音色は寄り添って寝たくなるほど心地良い。シンプルながら重厚感とアンティーク感漂うウッディなデザイン、とにかく音が良い。低音の鳴りや伝わってくる音波もエレガントでたまらない。見たことのないデザインのミキサーもハンドメイドで1点もののアンティークのようだ。

良音なレコードと和を味わえるベルリンのニュースポットを巡る──Text by 宮沢香奈 column230531_unkompress-02
良音なレコードと和を味わえるベルリンのニュースポットを巡る──Text by 宮沢香奈 column230531_unkompress-011
真空管アンプ「ELEKIT TU-8600S」も完備

ドリンクメニューもベルリンではなかなか珍しいラインナップが揃っている。まず、コーヒーは、ミュンヘンのロースター「S/O YELLOW」から仕入れたスペシャリティーコーヒーをハンドドリップのみで提供している。

エスプレッソマシーンは置きません。なぜならエスプレッソを作る時に鳴るあの機械音が音楽や静かな空間の邪魔になってしまうからです。リラックスした空間で、ゆっくり時間をかけてハンドドリップで煎れたコーヒーを味わって欲しいです。

ワインは、スペインのテネリフェ島にあるワイナリーで伝統的な手法で生産されたナチュラルワインやドイツのワインメーカーから仕入れた様々な種類があり、赤、白、オレンジ、スパークリングが飲める。他にも、ベルリンのクラフトビール「MOTEL」や種類が豊富なメルカル、ノンアルコール、CBDも嗜むことができるとあって、良質なビンテージサウンドと相性の良いものばかり。

良音なレコードと和を味わえるベルリンのニュースポットを巡る──Text by 宮沢香奈 column230531_unkompress-04
良音なレコードと和を味わえるベルリンのニュースポットを巡る──Text by 宮沢香奈 column230531_unkompress-01
オーダーする際には好みの味を伝えるとおすすめを紹介してくれる

ケヴィン氏のこだわりはそれだけではない。店内で使用している椅子は、宮城県石巻市の「石巻工房」で生産されたスツールを取り寄せている。同メーカーは、2011年の東日本大震災の直後に建築家の芦沢啓治によって設立され、東京のデザイナーたちが復旧・復興のために補修道具や木材を提供したという背景を持つ。2022年8月からは宮城県産の屋久島地杉などの国産材に切り替え、製品の多くは地元の人たちの手によって作られているとのこと。

良音なレコードと和を味わえるベルリンのニュースポットを巡る──Text by 宮沢香奈 column230531_unkompress-03

内装デザインもインテリアも全て自分で考えました。コーヒーに使用している陶器もKINTOという日本のメーカーですが、伝統工芸を用いたプロダクトやデザインが好きです。自分のスペースにサステナビリティーを取り入れることもごく自然なことでした。先進国であるドイツでは必要不可欠であることはもちろんですが、僕のライフスタイルでもあります。メニュー表は不要となった運転免許証をリサイクルした素材から作られています。通常の紙のメニューは、水に濡れてしまうとすぐに破れてしまったり、汚れたりして耐久性がありませんが、当店のは防水加工されているのでずっと使えて無駄になりません。

決して広くはない店内には、ケヴィン氏のこだわりや好きなものだけでなく、人生を物語る背景や思想に至るまで全てが詰め込まれている。それでいて窮屈な印象も押し付けがましさも全くなく、むしろどこまでもリラックスできる。まさに“自分の場所”を手にした彼を少し羨ましいと思った。

良音なレコードと和を味わえるベルリンのニュースポットを巡る──Text by 宮沢香奈 column230531_unkompress-05

Unkompress
Fichtestraße 23, 10967 Berlin
Instagram

HP

日本の音楽文化と最高品質のサウンドを味わえるリスニングバー

ネーミングからして和を感じさせる「Bar Neiro」も紹介したい。ここは、ベルリンのレコーディングスタジオ「Brewery Studios」の姉妹店として、今年4月にオープンしたばかりのリスニングバー。オーディオテクニカのグローバル・プロジェクト「Analogue Foundation Berlin」によって運営されており、最高品質の音響設備が整っていることでも注目を集めている。ミッテ地区にありながら、ベルリン随一のフェティッシュクラブ「KitKatClub」のガーデンを通らないと辿り着けないという隠れ家的存在でもある。

良音なレコードと和を味わえるベルリンのニュースポットを巡る──Text by 宮沢香奈 column230531_unkompress-06

「Bar Neiro」は、日本のジャズ喫茶にインスパイアされており、1950年代の映画館で使用されていた音響システムと同じ部品で作られたスピーカーが設置されている。リスニングバーとは、1920年代に日本で始まったオーディオマニア向けのスペースだ。“音オタク”が集まってそこにしかない特注の音響システムで最小限に声を落としながらレコードを聴きまくるというものだ。

それをベルリンで再現したのが同店であり、ヴィンテージのハイファイサウンドシステムと音響設計された空間でレコードを聴きながら、和をイメージしたスペシャルカクテルを飲むことができる。それ以外にも、厳選されたスピリッツ、ワイン、ノンアルコールカクテルやドリンクも用意されている。

また、音楽プログラムも開催しており、DJ、ラジオホスト、レコードコレクターなどがゲストセレクターとしてBGMを担当している。ジャズ、サウンドトラック、日本のアンビエント、初期のファンクやソウルといった幅広いジャンルの音楽を楽しむことができるので、インスタグラムなどでその日のゲストセレクターをチェックして、好みの音楽の時に行くことをおすすめしたい。

良音なレコードと和を味わえるベルリンのニュースポットを巡る──Text by 宮沢香奈 column230531_unkompress-07

Bar Neiro
Ohmstraße 11, 10179 Berlin
HPInstagram

Text by 宮沢香奈

宮沢香奈 コラム