東京の街には、何もかもがあるはずなのに、なぜだかいつも退屈である。

夢を持って上京した人が、キラキラとした憧れの眼差しを向けるのも、恋人との同棲生活が上手くいかず、慣れ親しんだはずの街並みが凡庸なコンクリートの迷路にしか見えなくなるのも、東京である。感受性は無限だ。

しかし、冒頭に記した“全部があるのに退屈である”という感情は、東京で生活したことがある人ならば、誰もが一度は共通して感じたことがあるのではないだろうか。それは自分しか持ち得ない感情だと、理由もなく信じているところまでを含めて。

こうした心の動きを音楽として表現し、かつて若者たちの退廃的な気持ちを代弁した“四畳半フォーク”ならぬ“六畳半ポップス”と名前をつけているのが、本稿で紹介するMAISONdes(メゾン・デ)である。

フランス語で“〜のアパート”を意味するその言葉が示す通り、MAISONdesは決してアーティストそのものではない。2021年2月の発足から今日まで、“令和ポップス”の象徴として存在感を強めている音楽プロジェクトだ。そして、数多くのアーティスト(歌い手やトラックメイカーと書き分けた方が伝わりやすいだろうか)と、彼らが生み出す音楽、そして我々リスナーが“入居”する架空の空間や集合体こそがMAISONdesである。アパートというだけあって、制作される楽曲には◯◯号室と部屋番号が振られていて、前述の“六畳半ポップス”も、ここから生まれる音楽を総称してのものだ。

さて、本稿の幕開けでは東京を舞台に“個人”と“群衆”、あるいは“一人”対“マス”の対比構造をわかりやすく記したつもりなのだが、MAISONdesはこの相反する要素を両立させる能力が、並外れて高い(マスの正式な対義語は“ニッチ”なのだが、この文脈では違う受け取り方になるためあえて“一人”とする)。そのうち“一人”の側面については、若者が持ついわゆるメランコリック、 “廃れ憧れ”の感情を、歌詞とサウンド共に上手く刺してくるのである。

例えば、MAISONdesの代表曲であり、2021年にはTikTokで最も“使われた”という“ヨワネハキ feat. 和ぬか, asmi”。この曲ではありのままの自分を見つめてやるせなく感じるが、そんな自分すら無理矢理、それでいて何も傷ついていないかのようにそれとなく肯定してしまいたい想いが、とてもわかりやすく、かつリアルに描写されている。

【102】[feat. 和ぬか, asmi] ヨワネハキ / MAISONdes

同じく2021年春に入居の“いえない feat. 堂村璃羽, 301, GeG”は、“YOKAZE”がTikTokでバズチューンとなった、変態紳士クラブのプロデューサー・GeGのプロデュースによる楽曲。近年のヒップホップブームを下地としたポップス仕立てのサウンドメイクを、MAISONdesの作風でもある“ベッドルームポップ”テイストにアレンジ。いまの若いリスナーに刺さらないはずがない。ダメ押しにはなるが、2021年9月リリースの“夏風に溶ける feat. りりあ。,南雲ゆうき”なんて、タイトルやテーマ性からして、メロウ畑の住人たちが嫌いなはずないだろう。

【301】[feat. 堂村璃羽, 301, GeG] いえない / MAISONdes

【107】[feat. りりあ。, 南雲ゆうき] 夏風に溶ける / MAISONdes

本来であればそのほかの楽曲群や、GeGをはじめとして、幅広いジャンルから多様なアーティストが共作をする意義についても触れたいところ。だが、そのあたりはすでに語り尽くされている感もあるため、過去に執筆された記事を参照いただきたい。何はともあれMAISONdesのトラックリストには、初めて聴いたその瞬間から“自分だけのことを歌ってくれているのかも”と思わされる楽曲が、間違いなくひとつはあるはず。その予感が繰り返し聴くうちに徐々に確信へと変わり、いつかは生活に溶け込んでいく。

すべてが手の届く距離にありながら、それでいて本当にほしいものだけが見当たらない。繰り返しにはなるが、ある種のないものねだりを描くのに、六畳半というスケール感はこれ以上ないくらいにぴったりだし、ひいては東京という街のイメージにも繋がってくる(冒頭から記してはきたが、MAISONdesの音楽=“東京”ではないのだが、都会の若者のイメージと結びついているのは事実だろう)。こうした心の“空き部屋”を埋めてくれるのが、MAISONdesのあなた“一人”だけに向けた音楽なのだ。

と同時に、MAISONdesは間違いなくもっと“マス”な存在になろうとしている。そもそも“ヨワネハキ”について先ほど、TikTokで最も“使われた”という言葉を用いたが、何よりもまずTikTok自体がマス中のマスのエンタメツール。“使われた”という言葉は捉えようによってはイージーな“消費”とも受け取れるものだし、アパートの管理人自身も過去のインタビューなどで、こうした音楽の“スナックカルチャー”化を受容するような発言をしていた。

また、特に注目したいのが、“MAISONdes”をあくまでプロジェクト名としていながらも、同時にアーティスト名として利用していること。何が言いたいかというと、こうしたケースの場合には音楽ストリーミングサービス等でアーティスト欄に表示されるのは、実際に楽曲に関わるアーティスト名のみ。ただ、MAISONdesはここ最近で増えている、プロジェクト名やレーベル名を登録する形で、アーティスト欄に名前を入れているのである。

これによって、MAISONdesの関連楽曲すべてに、アーティスト欄の名前を押せばアクセス可能であり、アーティスト名よりもアクセス数が少ないだろうプレイリストの形でまとめなくてもよいわけだ。つまりは同一プロジェクトにも関わらず、アーティストごとに楽曲が散り散りにならずに済む。“MAISONdes”の名前を巧みに活用し、プラットフォームへのアクセス性、あるいは利便性を考えている点で、管理人がビジネスやマーケティングの側面についても自覚的な人物であると想像させられた。

加えて今年1月には、JR渋谷駅にある“ハチコーボード”などで大型広告を掲示していたほか、タワーレコード渋谷店、MAGNET by SHIBUYA109など、あらゆる人々の目に留まる形で自らの存在をアピールしてきた。

こうした大型施策によって、その存在感をますます強めようとしているのだろう。と言いつつ、広告のなかにモールス信号を入れるなど、みんなが見ているのに自分しか気づかないヒントを忍ばせてくるところが、一筋縄ではいかないMAISONdesらしくもある。

さらに、2022年秋から2クール連続で、TVアニメ『うる星やつら』オープニング・エンディングをまとめて担当するなど、活躍の場はアニメタイアップまでに。同アニメの第1クールエンディングテーマ“トウキョウ・シャンディ・ランデヴ feat. 花譜, ツミキ”や、第2クールオープニングテーマ“アイワナムチュー feat. asmi, すりぃ”など、新たなヒットチューンも生まれ、“マス”な存在としてますます世に名を知らしめている。

【239】[feat. 花譜, ツミキ] トウキョウ・シャンディ・ランデヴ / MAISONdes

【333】[feat. asmi, すりぃ] アイワナムチュー / MAISONdes

そんななかで、2023年のMAISONdesになにを望むべきか。YouTubeチャンネル『THE FIRST TAKE』のように、“ここから出ている作品なら間違いない”と、すでに“箱推し”をされている人気ぶりを踏まえるに、住人らによるフェス開催にも期待がかかる。ただ、端的に要点を伝えるのならば、六畳半の部屋のスケール感を保ったまま、音楽シーンで大きな存在になっていくことを求めたい。

前述の通り、音楽を消費前提で捉えている点で少々矛盾を含んでしまうわけだが、大衆に迎合せず、どこまでいまの強い自意識を放つ“匂い”を保ったままでいられるのか。楽曲にタイアップがつくことは決して悪いことではない。ただ、作風を広げる可能性にもつながる一方、自身の表現に対するある種の制約となるのもまた事実だろう。

とはいえ、すでに“一人”と“マス”の絶妙なバランス感を保っているMAISONdes。あのアパートの住人らは、本稿で記したような懸念すら周囲の雑音として、新曲のネタにでも昇華してくれそうだ。

Text:一条 皓太

RELEASE INFORMATION

アイワナムチュー feat. asmi, すりぃ

2023年1月6日
MAISONdes

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アイタリナイ feat. yama, ニト。

2023年1月13日
MAISONdes

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