「あの時、みんな正気じゃなかったんだよ。僕だけが冷静だった…」
身に覚えのないの罪で死刑囚となり、18年間刑務所に服役していたダミアン・エコールズはブルックリンのバーで行われたトークショーでそう呟いた。
全米を震撼させた事件は1993年5月にアーカンソー州ウエスト・メンフィスで起こった。前日から行方不明だった3人の8歳男児が町外れの森で惨殺死体となって発見されたのだ。被害者はみな全裸で手足を靴紐で縛られている状態で、殴られた痕があり、性器を切り落とされていた男児もいた。司法解剖の結果、1人は失血死、2人は溺死だったとされている。
(左)ジェイソン・ボールドウィン(中央)ダミアン・エコールズ(右)ジェシー・ミスケリーJr.
事件からおよそ1ヶ月後、警察は3人の少年を逮捕した。ジェシー・ミスケリーJr.(当時17歳)、ジェイソン・ボールドウィン(当時16歳)、そしてダミアン・エコールズ(当時18歳)だった。逮捕のきっかけは知的障害を煩っているジェシーを警察が12時間にも渡って尋問した末の自白という乱暴なもの。そして、ダミアンとその友人のジェイソンはキリスト教福音派が多数を占める小さな町でへヴィメタルを愛聴し、オカルトの本を読む問題児だったという理由だった。3人の存在に恐怖に駆られた地元住民達は3人を激しく糾弾。そして、警察は悪魔教の儀式の為に男児達を殺害したと発表。ダミアンを含む3人は有罪となり、2011年に釈放されるまでの18年間を獄中で過ごす事となったのだ。映画『デビルズ・ノット』はアウトサイダーを排除しようとする小さな町で行われたずさんな裁判を見せ、裁判に不信感を持った私立探偵の独自調査によってダミアンを含む3人の疑いが晴れるまでを描いている。
しかし、映画の中では描かれなかったダミアンを含む3人の釈放の影には、ダミアンと獄中結婚したロリ・デイヴィスの存在があった事を忘れてはならない。
ロリ・デイヴィス(Photo:Grove Pashley)
ウエストメンフィスの事件が世間を騒がせていた頃、ロリはニューヨークの建築事務所で働いていた。輝かしいキャリアに恵まれ、まさに人生を謳歌していた当時のロリであったが、その人生を変える日は突然訪れた。ダミアンの有罪判決から2年後の1996年、この裁判を追ったドキュメンタリー映画 『パラダイス・ロスト』がニューヨーク近代美術館で公開されたのだ。友人に誘われ気乗りしないまま映画を鑑賞したというロリだったが、映画の中で描かれた、アウトサイダーを排除する為のずさんな裁判を目の当たりにし、衝撃を受けることとなった。ロリもまた、キリスト教福音派が多数を占めるウエスト・バージニア州の小さな町で育っていた為に、アウトサイダーに対する排除の精神を痛いほど理解できたのだ。映画を観た後、ダミアンが置かれた状況を人ごととは思えなかったというロリは、誰にも告げずに獄中のダミアンに向けて一通の手紙を書いた。それはダミアンの状況を気遣い、言葉を掛けたいという思いからだったと言う。すると1週間後、ロリの元に一通の手紙が届いた。便せん用紙にびっしりと書かれていたのはロリが送った手紙への感謝の気持ちが綴られたダミアンからの手紙だった。そしてこの日からおよそ15年に渡り、数千通に及ぶ2人の手紙のやり取りが行われることとなったのだ。