第101回 空飛ぶイルカ

休憩時間が終わり、俺は本番の水槽に移動した。もう腹が減って仕方がない。俺達は30分のショーを1日4回やらされている。この時間にしか餌がもらえないから俺達は言われた通りに飛び回るんだ。客席から「イルカさん楽しそう!」なんて声も聞こえて来るけど冗談じゃない。そうするしか無いんだよ。他の水槽の奴らはただ泳いでるだけで餌がもらえてるのに、俺達はヘトヘトになるまで訓練して初めて餌をもらう。毎日毎日それを繰り返しているんだ。休み無しにね。
最近入って来た若いイルカが「こんなのおかしい!まるで奴隷じゃないか!」と息巻いている。俺も最初はそうだった。俺の先輩もそうだったらしい。でも今、その先輩は一日中水槽の隅でブツブツ独り言を言っている。もうショーにも出されなくなって餌も十分にもらえない。あんなに逞しかったのに、日に日に痩せていく姿が悲しい。どうしてもそこに自分の未来を見てしまう。どうしても。
ある日、ショーでいつもより高く飛べた時のことだ。水族館の塀の先に少しだけ海面が見えたんだ。潮風は感じていたから近いとは思っていたけど、まさかもう一度海を見られるなんて。考えないようにしていた家族との思い出が一気に蘇る。子供達は無事でいるだろうか。俺のこと忘れてないだろうか。見えたのはほんの一瞬だったけど、俺は思わず「海だ!」と大声で叫んだ。一緒に演技していた仲間達が驚いて振り向く。「海が見えたんだよ!すぐそこに!」俺はすれ違い様にみんなに伝えた。その後みんな泣いてたよ。ショーが終わってもずっと泣いてた。
いくら高く飛べても海まで飛んでいけるなんて思っちゃいない。ただ希望が生まれたんだ。毎日数秒だけでも海を見れるだけで救われるんだ。「高く飛ぼう、とにかく高く」それが俺達の中で合い言葉になった。先輩も少しづつまた訓練に参加するようになっている。俺達がここで踏ん張れば新しい犠牲者は増えないだろう。だから俺達は今日も精一杯高く飛ぶんだ。とにかく高く。