第108回 許されざる者

敵対する抗争グループと揉め事を起こした私は、妻と息子を捨てて故郷を離れた。1人だけ助かりたかったわけではない。3人で逃げていたらすぐに見つかって3人とも殺されてしまうからだ。それほど緊迫した事態だった。あれから20数年。私は遠く離れた場所で暮らしながらも、残して来た家族を忘れた事はない。我慢出来ず何度か電話はしてみたが、結局ひと言も話せずに切ってしまった。妻の電話口の後ろでぐずる息子の声が聞こえて、涙が止まらなかったこともある。長距離バスを乗り継ぎ、たった今私は家族に会うためにこの地に戻って来た。それが叶うなら殺されたって構うものか。

数ヶ月前、日に日に視力が低下している事に気づいた私は故郷に戻る決心をした。妻と息子を最後にもう一度この目で見ておきたい。そして家族を捨てて逃げた事を謝りたい。もちろん危険は承知だ。私がやった事は時間が解決してくれるような問題ではない。故郷に戻ってから2日目、警戒しながら昔住んでいた辺りを歩いてみる。ほとんど視力が無くてもやはり体が道を憶えていた。街中の埃っぽい臭いも懐かしい。なにもかもあの頃のままだ。私は確信した。間違いなく家族達は近くにいる。もうすぐ会えるんだ。

男は全く気づいていない。自分と顔が良く似た若者がすぐ横を通り過ぎた事を。そして、ナイフをもった男達が背後に迫っている事を。

photo by manabu numata