第114回 昨日までの自分

「では1年後に。この場所でな」見るからに大金持ちな紳士に突然話しかけられて、僕は一夜にしてホームレスから大金持ちになり、男は紳士からホームレスになった。嬉しそうに僕の汚れた服を着るおかしな男と出会ってから明日でちょうど一年。僕はこの日を心待ちにしていた。1年間の期限付だからと急いで贅沢をはじめた僕は、毎朝新品の靴を履いて高級な車を乗り回した。でも違和感はすぐに襲って来た。僕を人間として扱う人が誰もいなくなったからだ。これじゃあ歩く札束だ。こんな生活もうゴメンだよ。

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私の今までの人生。生まれた時からチヤホヤされて育ち、努力もせずに豪邸に住み、仕事もせずに高級料理をつまむ。目を合わせない従者たち、金欲しさに集まって来る女たちに囲まれた無意味な毎日だった。それが今はどうだ。拾ったサンドイッチをわざわざ分けてくれるジミー、期限切れの食材を毎晩持って来てくれる近くのコンビニのクリス、いらなくなった服をくれる中国人のチャンさん。私の親しい友人たちを紹介しはじめたらキリがない。私は人間というものをまるで知らなかった。こんなにも人間の笑顔が素敵だなんて知らなかった。あの日から明日で1年。きっと彼はホームレスに戻りに来るだろう。今の私にはよく分かるんだ。

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黒い高級車が一台、あるホームレスの前で止まった。中から出て来た男がホームレスに歩み寄り話しかける。するとすぐに男の顔色が変わった。死んでいたのだ。ホームレスは友人たちから恵んでもらった多くのモノに囲まれて笑顔のまま死んでいた。男は表情の無い運転手に手伝わせてホームレスを車に乗せ、自分は乗らずに車を発車させた。男はベンチに座りスーツを脱いだ。そしてホームレスの荷物を眺めて「ただいま」と呟いた。

photo by normaratani