第118回 兵士のスマイル

「政治になんて興味ないさ、あんなのはネクラの人間のやることだよ」大学生だった彼は笑いながらいつもそんなことを言っていた。仲間も数えきれない程たくさんいて、成績は学年でトップクラス。将来はどれほど成功するんだろうってみんなに思われてた彼が今、戦闘服を着てトラックの荷台に乗っている。そう、この国は刻々と変わってしまった。すごく悪い方に。
大学を卒業する頃、私たちの住んでいる世界は薄暗くなっていた。インターネットの規制が厳しくなり、今までは普通にしていた政治的な会話も、誰かに聞かれていないか気にするようになってしまった。どこか遠い海外のお話かと思っていたのは私だけじゃない。みんながいつの間にか巻き込まれていた。巨大な蟻地獄にはまったばかりの私達は、結末を知りながら少しずつ沈んでゆく事しか出来なかった。
まだ豊富に食料が残っていると聞いて、私は母と買い出しに出掛けた。建物はたくさんあるのに人影のない物騒な街。そんな場所に彼はいた。別れてから2年ぶりの再会。愛らしい表情はまだ残っている。私は彼のいたずらっ子のような目つきが大好きだった。寝息を立てている彼、仲間達とはしゃいでいる彼、仲直りしたばかりの彼。私はいつもそんな彼の写真を撮っていた。だから今日も自然にカメラを構える。そんな私に気付いた彼が一瞬だけ見せた笑顔がとても切ない。
彼を乗せたトラックはあっという間に砂埃の中に消えていく。国境に向かうのだろう。誰かのための国境に。
photo by normaratani