第119回 オバケと不倫

彼はいつもの時間にやって来た。私は約束の時間より少し前に到着して彼を待つのが好き。そして新聞を読んだり、湖面を眺めたりしながらなんでもない時間を過ごす。誰にも邪魔されないこの時間を私達はずっと待ち望んでいた。50年前、私達は駆け落ちに失敗した。私は泣きじゃくりながら一緒に死のうって言ったけど、彼は「それだけはいけない」と言って私を抱きしめ、この場所での再会を誓い、家族と警察が待つ私の家に連れて帰ってくれた。
2度と会わない約束をさせられて私達は別れた。私は親の決めていた許嫁とすぐに結婚させられ、彼はこの街から出て行った。それから私は2人の子供を育てあげ、いくら時間が経っても好きになれなかった夫と2人で暮らしている。思い出のこの場所に来たのは最近のこと。あの頃と何も変わっていない風景に包まれて私は目を閉じた。何度も愛し合ったこの場所には青春の全てが詰まっている。溢れてくる涙を拭こうと目を開けると、そこに彼がいた。
私より随分若いし、口は動いていても声が聞こえない。ああ、もうこの世の人ではないんだな、と私はすぐに感じた。でも毎日のように思い出していた人だから怖いなんて気持ちは全然無い。彼も随分長い間、私が来るのを待っていてくれたんだろう。ふと、彼が結婚指輪をしていることに気付いた。急に胸が苦しくなる。彼も誰かと結婚していたのだ。私は50年ぶりに嫉妬し、そしてまた恋愛が始まった。「これは不倫よね?」と聞くと、彼は何も言わず私を抱き寄せた。