第139回 夫婦のかたち
離婚してください。なかなか言えなかった言葉を今日、私はするりと言った。なにかきっかけがあったわけではないけど、天気の良い日に布団を干すようにとても自然に言えた。あまりにも自然だったからか、彼も新聞から目を離さないまま「そうしますか」とすぐに答えてくれた。あんなに毎日悩んでいたのが馬鹿らしく思えるくらいあっけなく離婚は成立した。結婚からたった1年。こんなにも長い1年間を私は過ごしたことが無い。
私たちがすれ違い出したのは半年前。近所に引っ越して来たという女性が挨拶しに来たあの日から。彼が彼女に好意を持ったのはすぐにわかった。いつも丸めている背中をしゃんと伸ばし、自慢のヒゲをそれとなく整えている。彼女はそれから毎日のように遊びに来るようになった。はじめは玄関で立ち話程度だったけど、最近は図々しく家の中にまで入って来てご飯まで食べていくようになった。こんなのおかしい、と言っても「食べ物に困っているようだし、まあいいじゃないか」と言うばかり。彼はもう彼女に夢中だった。
少し部屋を片付けてから私は家を出た。悲しいとか憎いとか、そんな気持ちはあまりない。ただ、突然私がいなくなったことに驚き、必死になって探しまわるであろう家の管理人さんのことを思うと胸が痛い。でも仕方ない。これが私たち猫の世界。振り返ると2階から2人が私を見送っていた。日差しが良く当たる、夫婦のお気に入りだった場所。最後くらい1人で見送って欲しかったな。さようなら。お元気で。