第143回 島のマドンナ

私がアルバイトをしている船乗り場には、到着する船をこっそりと待つネコがいる。1日に5本しか船は来ないのに、いつも同じ場所で律儀に誰かを待っている。船が乗船場に近づくたびにどこからともなく定位置に現れ、最後の乗船者が降りるのを見届けてまたどこかに歩いて行ってしまう。良く整えられた黒い毛並みが妖艶で、上目遣いが色っぽい彼女はこの島では有名な美人ネコだ。ひっきりなしにプレイボーイ達が誘いに来ては、あっけなく撃沈している。肩を落として去っていく男たちに「よく頑張りました」とチケット売り場から声をかける毎日だ。彼女の名前はキキ。私が名付け親。

モテる女は純情な子が多い。というのは単なる男たちの都合の良い迷信で、キキには元々彼氏が沢山いた。特に自分よりかなり上の年齢のネコからの人気が凄かった。キキを奪い合っての喧嘩を私は何度も止めたことがある。そんな私を気にも留めないキキ。やっぱりモテる女は違うなあ、といつも感心していた。そんなある日、キキはある男に夢中になってしまう。たまたま船に乗り込んでいて島に辿り着いた迷いネコ。彼の名前はダン。もちろん私が名付け親。

ダンはキキより少し若い虎ネコ。風来坊とでも言うのだろうか、毛並みもそんなに手入れしてなくてボサボサだし、口数少なくどこか遠くを見ている感じの男子。どちらかと言うとモテないタイプだ。男の人の手さえ握ったことの無い私にはその魅力は到底分からない。でもキキはすぐにメロメロになった。それから数日間、チケット売り場の前でこれでもかといちゃついた後、キキが気持ちよく寝ている間にダンは颯爽と到着した船に乗り込んでしまった。急いでキキを起こさなきゃ! チケット売り場から出ようとした私を見て、ダンは静かに首を振る。なんて悪い男。でもなぜかその場から動けなかった。島を離れていく船を見送りながら、私も久しぶりに恋愛したいと思いはじめた。