第146回 終点の先に

私のパパは毎日みんなを学校に届けてくれるスクールバスの運転手。私もそのバスに乗って学校に通っていた。バスに乗り込む時に運転席のパパと目が合うと、少し恥ずかしくて、でもやっぱり凄く誇らしかった。高校生になって自分の車で学校に通う友達が増えても、私はパパの運転するバスで学校に通っていた。学校で嫌なことがあっても、バスに乗ってしまえば自分の家に帰って来たような、そんな安心感があったから。

最後にバスに乗ったのは17歳の夏の終わり。ついにできた彼氏の部屋に泊まって初めて朝帰りした私は、後ろめたかったし、怒られるかもしれないから、そそくさと隠れるようにパパの運転するバスに乗り込んだ。運転席から出来るだけ離れて座って、学校に着くまでずっと寝たふりをしようと思っていた。でも出来なかった。「運転手がずっと泣きながら運転してるらしいよ」というささやき声が聞こえて来たからだった。10年も前の話だけど、この時のことを思い出すと今でも胸がつまる。

今日はパパが定年退職する日。私はママを誘って最後の運転を終えたパパにお祝いを言いに来た。スクールバスの中のパパは、あの頃と比べて随分お腹も出て髪の毛も少なくなった。でも、私の中の誇らしい気持ちは何ひとつ変わらない。パパは人生最後の点検を終えて力強くドアを閉め、最後にポンとバスを叩いてこっちに向かって来た。「あら、もう泣いてるの?」とママがハンカチを渡してくれた。そんなこと言うママの目にも涙が溜まっている。パパはまだ私たちに気付かない。私は待ち切れずに「パパ!」と叫んだ。

photo by manabu numata