第164回 彼女の決断
毎日の通勤電車に何か少しでも楽しみがあると気持ちが軽くなる。僕の楽しみはいつも同じ駅から電車に乗ってくる可愛い女の子を眺めること。話しかけたいとか、仲良くなりたいとかそんな下心は全然なくて、ただ毎朝彼女を見つけるのが楽しかった。でも最近の彼女はため息ばかりついている。仕事が大変なのか彼氏と喧嘩でもしたのか。僕は勝手に心配していた。そんな彼女に異変が起こった。
いつもの電車に乗り込んで来た彼女は全身メイド服をまとっていた。カバンさえ持っていない。どんな人種が乗っていても誰も気にしないニューヨークの地下鉄にも関わらず、彼女とはみんな少し距離を置いている。通勤電車に座るメイドはそれだけ異様だった。でも僕だけは気づいた。彼女の表情が曇っていないことに。何かが吹っ切れて彼女はこの姿になった。そしてきっと会社に行くのだろう。見つめ過ぎていたのか彼女が僕の視線に気づいた。僕は思わず頷いた。良いと思うよ、って気持ちを込めて。
あれから1ヶ月経っても彼女はこの電車に乗って来ない。あの日に仕事を辞めたのかなんて僕にはわからないけど、彼女があの日、自分自身で人生を変えたのは確かだ。僕は時計を見た。いつも通りの時間にいつも通りの場所を通過する。僕は未だに通勤電車に取り残されたまま、彼女のことを思い出している。