第165回 言葉がなくても
離婚して3年が経った。僕たち夫婦に子供はいなかったが、子供のように可愛がっていた犬達とたまにここで会っている。「引き離すのは可哀想だから」と、妻が新しい夫と面倒をみてくれている。まだ独り身の僕にとっては、久しぶりに家族と過ごせるこの時間がとても大切な時間だ。
犬と長く一緒に暮らすと会話が出来るようになる。だから彼らの「言いたくても言えないよ」「でも言わなきゃ」という雰囲気はすぐに伝わって来た。ママに口止めされているのかもしれない。僕はどちらかというと正義感の強い弟のジギーに「大丈夫だから言ってごらん」と伝えた。すると目に涙をいっぱいためたジギーは上目遣いにこう言った。「ママが毎日ぶたれてる」と。
僕は驚いて妻を見た。確かに前に会った時よりやつれている。「口止めしたのに」と微笑む彼女。僕は何も言わず彼女を抱き寄せた。怒られると思ったのか、ジギー達は少し離れた場所から心配そうに僕を眺めている。妻の背中越しに「大丈夫、僕がなんとかするよ」と伝えると、ジギーは嬉しそうに頷き、ひとつ大きく吠えた。