第166回 ニューヨークの恋人
いつも優しい夫。穏やかな夫。世間にはそう見えている。でも本当はただの冴えないつまらない夫。服装のセンスまるで無し。口喧嘩では1度も私に勝ったことが無い。明らかに私が悪くても。夫はそんな男。だから油断してた。夫は初めて浮気をするつもりらしい。SNSで何ヶ月もメール交換している、会ったことも無い女と。
お花畑に座り込んでお話しているかのようなメールのやりとりに思わず笑ってしまった。「今日虹が出たのを知ってるかい? 僕はその虹を渡って君に会いに行きたくなったよ」「虹? 気づかなかったわ。
でも虹を歩いて来るなんてとっても素敵!」私は初デートの日だけを調べてすぐにPCを閉じた。
「少し出かけてくる」か細い声を残して夫は出て行った。そんな普段着じゃ駄目よ! と言いたかったが我慢する。待ち合わせ場所はブロードウェイ通りのスターバックス前の交差点。私は先回りして彼らの到着を見守った。夫も到着して彼女を待っている。こんなに目立つ場所で待ち合わせる浮気を私は派手にぶち壊すのだ。
真剣な表情で駆け寄ってきた彼女を夫は躊躇なく抱きしめた。しばらく彼女を抱きしめた後、2人は見つめ合ったまま動かない。言葉も無くただ見つめ合っている。通り過ぎる人に覗かれても構いもしない。私は彼女の結婚指輪に気づいた。彼らは全てを捨てる気だ。私は出来なくなってしまった。彼らに詰め寄ることも。このまま帰ることも。愛し合う2人から目を離すことさえも。