第170回 笑う門には福来たる
精神的にぐらぐらしていた去年の今頃。仕事もプライベートもまるで上手くいかなくて、私は少しでも時間があれば神社に行くようになっていた。古いベンチに座ってただ何時間も過ごす。神様にすがりたかったのか、静かな場所に行きたかったのかは憶えてない。このまま一人で部屋にいたら死んじゃうかもって気づいて、さまよった先が神社だった。そんな私を救ってくれたのは神様でも仏様でもなく、売店のおばちゃんだった。
神社に来る人たちを何十年も見続けているおばちゃんは全部お見通しだ。何時間もベンチに佇む私にいきなり「男?」と声をかけて来た。「私は男のせいでボロボロになってこの神社に来たときに、よし子さんに声かけられたの」と売店を指差した。よし子さんは売店の中から笑顔で手を振ってくれた。「あの人のほうがよっぽど大変な人生なんだけどね」と言ってお守りを一つ私のカバンにつけてくれた。「これは私達からのプレゼント」それはなぜか交通安全のお守りだった。
「ちょっとよし子さん!これ交通安全のお守りよ!」それを聞いて売店の中でよし子さんが大笑いしている。つられて私たちも笑った。久しぶりに笑ったからか、私はなかなか笑いが止められない。やっと止まりそうになると、またじわじわ面白くなって来てしまう。「ごめんなさいね,今取り替えて来るから」そう言って売店に戻ろうとするおばちゃんに急いでお礼を言って、私は神社から出てしまった。神社からかなり離れても私は笑顔のまま。足取りは驚くほど軽くなっていた。一年経った今も、私のカバンには交通安全のお守りがついている。これがあれば大丈夫。私は生きていける。
photo by kana tarumi