第175回 別れのとき

妻に借りてきてもらった本に小さいメモが挟まっていた。古本屋で買った本や図書館で借りた本には、たまにこんなメモが残されていることがある。今見つけたメモにはこう書かれていた。「女を許せ」

一体なんのことだろう?これまでに挟まっていたメモはその本についての研究や考察がほとんどだった。しかし今回のメモは本の内容と一切関わりがないし、なにか異質だ。不思議に思いながらも私は続きを読み進めた。すると、何十ページか後にまたメモが挟まっていた。「疲れ果てた女はチューブを引き抜きお前の上に泣き崩れる。その体のあまりの軽さに、お前は全てを受け入れる」

チューブ。この言葉に心臓が凍る。5年前に起こした交通事故のせいで首から下が麻痺し、指先以外はほとんど動かすことができない。私の体のあらゆる場所にはチューブが差し込まれている。その時、階段を上がってくる足音が聞こえた。聞き慣れた妻の足音。私はすぐに寝たふりをした。いつもより静かな足音は、なぜかドアの前でピタリと止まったまま。聞こえるのは妻の深呼吸だけ。大丈夫だよ。君を許すから。