第176回 天気雨

キツネは長生きしすぎると人に化けてしまうことがある。私は100年くらいキツネとして生きてから人に化けた。5年くらい前の話だ。人になってからキツネの本を色々と読んだが、人に化けているキツネがいると書かれていたのには驚いた。判別法まで書かれている。「歯についたイクラを必死に取ろうする時に人に化けたキツネは正体を現す」らしい。よくわからない。そもそも私たちはイクラなんて食べないから。

ある日、息子が突然やって来た。人になったキツネを訪ねることは厳禁だから会うのは5年ぶり。「母さんが人に化けそうになってる。でも母さんは絶対に人間になんてなりたくないって言ってるんだ。父さん、僕は一体どうしたら良い?」切羽詰まった様子で息子は話してくれた。私は少し悩んだ。正直に話すべきかどうかを。

息子よ。母さんは正しい。人間は最低だ。人間以外の生き物を何でも食べてしまうし、なにしろ勝手なのが許せない。こんな姿になって私も本当につらい。出来ることならキツネに戻りたいと毎日思っている。こんな生き方を母さんにさせるわけにはいかない。だから急いで帰ってお前の手で死なせてやってくれ。人間になってしまう前に。

息子は泣きながら帰っていった。こうするしかなかった。後悔はしていない。すると晴れているのに急に雨が降りだした。キツネの嫁入り。私は息子が間に合わなかったんだとすぐに直感した。深いため息をついている暇なんてない。私は大掃除を始めた。今夜は妻が好きだった油揚げのたっぷり入ったうどんでも作ろう。