第182回 心は人間だけのもの
私は動物との触れ合いを通じて、閉じてしまっていた心を開かせるという療法を行っている。動物達は人を見た目で判断したりしないし、性別や年齢も気にしない。ただ近くに寄り添い「元気になったら遊んでね」という雰囲気をかもし出す。その単純でつつましい行為が、人間に傷つけられた人への癒しにとても効果があった。
私の相棒はトッキー。メスの白馬だ。おとなしくて優しい性格のトッキーは老若男女問わず、誰からも好かれてしまう。私の問いかけには決して答えてくれない患者をトッキーと2人だけにすると、いつしか「こんにちは」「毛並みが綺麗ね」と声をかけるようになる。私は少し離れた場所でその光景を見守る。患者が笑顔を見せ始めるまで、何時間でも慎重に待つのだ。
「お馬さんが苦しんでるよ。僕には分かるの」他人の考えてることが頭に入って来てしまって、部屋に閉じこもるようになった少年患者が言った。「毎回患者さんを元気にしてあげられるかすごく不安がってる。言葉も分からないし、本当はどうしていいかわからないんだって」私は心底驚いた。そして反省した。どうして気づいてあげられなかったのかと。私はすぐにトッキーのそばに行って何度も謝った。トッキーはブルルッと少しだけ鳴いた。「もう良いよって言ってるよ!よかったねおじさん!」
私はその日からきっぱりと動物を使った療法をやめた。新しい相棒は10歳の少年。トッキーに2人で「行ってきます」と声をかけて治療に向かう。トッキーの返事はいつも「いってらっしゃい、新鮮なキャベツがあったら買って来てね」だとか。今までありがとうトッキー。
photo by Maiko Y Vyrostko