僕の命日は何度目だろう。こっちに来てから時間の流れがよく分からなくなってる。気がつくと教えていた教室に立っていたり、たまに参加していたバスケのコートにいたり、妻の運転する車の助手席に座っていたりする。だから今日が何度目の命日かは正確には分からない。妻は仕事を休んで、僕の好きな朝食を作り、ポテチを連れてよく一緒に行った公園を散歩し、夕食には得意料理のキーマカレーを振舞ってくれるらしい。生きてる頃から味が薄いと思ってたけど、相変わらず味が薄そうなカレーが完成した。
今日ばかりは朝から晩までひっきりなしに妻が話しかけてくれる。いつもはきっと我慢してるだろうから。もちろん僕は全てに返事をした。自分に話しかけられてると勘違いしたポテチがたまにワンと返事してて可愛い。食後のワインを飲みながらふと時計を見るともうすぐ24時。そろそろ僕の命日が終わる。ふと、妻はギターをかまえた。僕がずっと大事にしていたギターを。
弾き始める前から妻は泣いていた。ポテチが不思議そうに見上げる。ひとつ深呼吸して静かに弾き始めた曲は、2人でふざけて作ったポテチの歌。つたないギターとやさしい歌声が部屋に響いてゆく。こんな良い歌だったかな。こんなに安らかな時間は久しぶり。ポテチまたな。大好きだった歌声に包まれながら、僕は妻の頬にキスをして、ゆっくりと、ゆっくりと目を閉じた。
photo by normaratani