第188回 猫の家出

「猫を見つけたら100万円差し上げます」と書かれた張り紙が近所でちょっとした話題になっている。今朝、私の部屋の郵便ポストにもビラが入っていた。茶トラ猫の写真と同じくらいデカデカと「100万円」の文字が書かれている。確かに家族になったペットはお金には代えられない存在だと思う。でも私はどこか違和感をおぼえた。

書かれていた住所に到着すると、ウロウロと歩いている人が沢山いる。どう見ても猫のためというよりお金のために来た人たちだ。私はここに立ってみて、猫のいる場所に見当がついた。この家の2階の窓からきっと毎日眺めていた丘。沈む夕陽が綺麗で有名な丘だ。意気揚々と夕陽に向かう姿を想像してみる。屋外に逃げた猫がみんな臆病なわけじゃない。

やはりいた。目が合っても逃げるそぶりを見せずにまっすぐ私を見上げている。お腹すいたでしょ、とツナ缶を開けると、すぐに奥から出てきて、ムニャムニャ言いながらあっという間に平らげてしまった。所々傷があって疲れた顔をしてるけど元気そうでひと安心。飼い主が君を必死に探してるよ、と言うと「次の猫を買えば忘れるよ。そんな人だ」と寂しそうに呟いた。

飼い主の家に戻った私は悩んでいる。「見つけましたが、もう戻らないそうです」そんなこと言ってわかってもらえるだろうか。追い返されるに違いない。でも伝えなきゃ。あの子の決断を。私は大きく深呼吸してから、チャイムを押した。

photo by normaratan

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