第189回 冬の冷やし中華

親父も俺も母ちゃんが大好きだった。会社の同僚たちと上手く付き合えない親父は、いつも酒の相手をしてもらってたし、酔っ払ってそのままソファで寝るのがとても幸せそうだった。「やっと寝たわ」と、俺を見て微笑む母ちゃんの表情を良く覚えてる。母ちゃんが亡くなって3年。そもそも会話が少なかった俺と親父は、最近は一緒にいてもほとんど喋らなくなっていた。

母ちゃんの大好物は冷やし中華だった。夏だけじゃなく、一年中食べたがる母ちゃんに店主が根負けして、行きつけの中華屋は一年中冷やし中華を作ってくれる。母ちゃんが亡くなった後もメニューをそのまま残してくれてるから、俺は今でも半ば強制的にこの中華屋に通っている。いつでも食べれるおふくろの味みたいなもので、なんだか安心できる時間だ。

閉店間際に店に入ると、そこに親父がいた。壁に向いて座るなんて実に親父らしい。テーブルを覗くと、そこには冷やし中華。親父もここで母ちゃんのことを思い出していたのかもしれない。俺も冷やし中華お願いします、と厨房に声をかけて親父の隣に座った。「今日は凍えるぞ、冷やし中華なんか食べたら」と親父が久しぶりに笑った。

photo by normaratani

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