第192回 大事な記憶

記憶が薄れていく毎日。最愛の妻に先立たれてから私の記憶障害は加速してしまった。先週買った本をまた買って帰るなんて何度も経験している。とにかく記憶が続かないのだ。心配した娘が結婚式の日程を早めたと言っていた。「それは心配しすぎだろう」と笑ったが、それほど私は重症なのかもしれない。今日からはこの日記を毎日書き、毎日読み返して、娘の結婚式まで記憶を繋いでおきたいと思う。

引き出しに入っているノートを何気なく開いた。このノートは日記のつもりだったようだ。一度だけ書いてすっかり忘れていた。娘の結婚式?そうか娘はこの春に結婚するんだった。危ないところだった。日程を早めたと書いてあるな。一体いつになったんだろうか。早速娘に聞かなければ。このノートは常に机の上に置いておこう。必ず毎日書き込むために。

見たことのないノートが机に置いてある。ふと開くと一枚の写真が挟まっていた。結婚式のようだ。幸せそうな女性がこちらに笑顔を向けている。なんていい笑顔なんだ。つい私まで嬉しくなる。もし私に娘がいたらこのくらいの年齢になっているだろう。ノートには見覚えのない字で日記のような文章も書いてあるが、私には意味がよくわからない。しかし妻はどこだ。まったく、どこまで買い物に行ったんだろう。

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photo by Rika