第198回 まともな人間

嘘をついたんだね。何年も一緒にいたからわかるわ。あなたはいつも嘘をつく時に指をせわしなく絡ませるの。今だってそう。私が「昨日の夜は何してたの?」って聞いた時からずっと。気づいてたの。だから追求はしない。あなたの細くて長い指が好きだったのに、今は憎しみがこみ上げる。私のこともう大事に思ってないの? と聞きたい気持ちを抑えて、嫌いになれない指をじっと見つめている。

乾燥する季節にハンドクリームは欠かせない。僕はこの時期になると必ずポケットにハンドクリームを入れて持ち歩いている。女っぽいと笑われることもあるけど。でも今日は新しいコートに着替えたせいでうっかりハンドクリームを忘れてしまった。隣に座る彼女に「ハンドクリーム貸してくれない?」と言うと「珍しい!持ってないことなんてあるんだね」と驚かれた。借りたハンドクリームを塗っていると、ある視線に気づいた。前に座る女がじっと僕の指を見ている。ひどく憂いた目で。なんだか気味が悪い。

「そのハンドクリーム僕にも貸してください」と隣に座る男に突然言われ、驚いたままなんとなく貸してしまった。執拗に手指にクリームを塗りたくる姿に少し心が重くなる。前の座席に座っている女性が心配そうに私を見る。彼女もこの男性のハンドクリームの塗り方に違和感を感じたようだ。「昨日の夜は何してたの?」と女性が気を使って私に話かけてくれた。隣の男性はその間もずっとハンドクリームを塗り続けている。

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photo by normaratani