第199回 時間をください
そろそろあの子が来る頃。修学旅行で奈良にやって来る中学生が増えてくると毎年想う。数年前、観光バスに轢かれてしまった男の子と一緒にいた女の子のことだ。素敵な思い出を作るはずの修学旅行で起きた突然の悲劇。目の前で起こったことがすぐに理解できずに、途方にくれる彼女がとても痛々しかった。
運ばれていく彼の名前を、我に返った彼女は狂ったように叫び続けていた。周りの人たちは困惑して遠巻きに眺めるだけ。だから僕はただ寄り添っていた。僕たちもたまに車に轢かれることがある。だから彼女の苦しみが痛いほどわかる。力尽きた彼女は僕の背中に寄りかかり、静かに泣いた。駆けつけた担任の先生が担ぎ上げるまで、彼女はずっと僕の背中で泣いていた。
「あの子が来てるよ」と仲間が教えてくれたので、すぐに会いに行った。大学生になった彼女は随分大人っぽくなっている。近づく僕を見つけて、笑顔で迎えてくれた。僕に触れた彼女の手の平から明るい気持ちが伝わってくる。まだ少しの悲しみもあるけど。でも良かった。彼女はやっと立ち直り始めてる。1時間ほど一緒に公園を散歩して「また来年ね」と彼女は帰っていった。今年は初めて一度も泣かなかったことに、彼女は気づいてるかな。
photo by kana tarumi