第63回 鮮やかなモノクローム

「お前が好きそうなもんがあるぞ」と実家にいる父親から連絡があった。祖父の親友が所蔵していた祖父の遺品だという。最近その方も亡くなったために、奥さんの計らいで数十年振りに実家に戻って来たのだ。写真を送ってもらうと、それはとても古い手回し映写機だった。骨董に全く詳しくない僕でも古い年代のものだとわかる。せっかくなので僕は久し振りに実家に帰る事にした。

実家では祖母が出迎えてくれた。突然若い頃の夫の所持品が戻って来たために、祖母は少し興奮している。いつもなら東京での暮らしぶりを色々聞いて来るのに、今日はすぐに祖父の遺品にまつわる思い出話が始まった。「あの人はコレクションしたフィルムを自分の映写機でよく近所の人達に見せていたわ。でも「戦争を讃歌する映像を流せ」と近所の人に言われ出した頃に上映会をやめたの。その後、鉄不足のために映写機も手放さないといけなくなったんだけど、親友に頼んで預かってもらってたのね。誰もが狂ってて、その事に誰も気付いてなかった。そんな時代だったのよ」祖母はいくつかのフィルムを懐かしそうに見つめながら話してくれた。

早速観てみようと思ったが、シンプルな構造のようで意外と準備に時間がかかり、結局上映会は家族達が帰ってきてからの開催になった。僕は慣れない手つきでフィルムを巻き、白い壁に映像を映した。速度を一定にしないと遅くなったり早くなったりしてしまう。音はもちろん無い。それでも、静かに映し出される数十年振りのモノクロの風景に、それぞれがそれぞれの思いを巡らせている。

あるフィルムを観ていた時、場面が急に変わり若くて綺麗な女性が映し出された。洗濯板で洗い物をしていたり、料理の味見をしていたり、赤ん坊をだっこしている女性が矢継ぎ早に撮影されている。そしてフィルムはその女性がカメラに向かって投げキッスしている映像で終わった。振り向くと、祖母は顔を両手で覆って泣いていた。懐かしさと嬉しさと寂しさと恥ずかしさが混ざっているんだろう。空気を察して家族達は静かに部屋を出て行く。部屋には二人だけ。もう一度観る?と聞くと、祖母は顔を隠したまま頷いた。

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