第87回 思い出してごらん
僕は幽霊ということになる。自覚は無いけど生きていた時は自分でもそう呼んでいたから。僕は幽霊としてあても無く24時間彷徨っているわけではなくて、ふと気付くとミカンの目の前に立っていることが多い。ミカンはもうすぐ1歳になる僕の娘だ。残念ながらこの腕で抱いたことはないんだけど、毎日の成長が嬉しくて仕方ない。髪の毛も随分伸びて、もうすっかり美人さんだ。
赤ちゃんには「大人が見えない世界」が見えるというのは本当だ。ミカンも産まれてすぐ僕のことを目で追っていた。妻もそのことに気付いていて、ミカンの様子で僕が近くにいるのがわかるようだ。ある時、ミカンの目線の先の僕を見る妻が、ミカンの鼻を指差した後に僕の鼻の辺りを指差した。どうやら僕の鼻に似ていると言いたいらしい。だから僕は妻の唇を指差した。それをみたミカンが僕の真似をして妻の唇を指差した。「確かにそう、唇は私にそっくり」妻はそう言って笑った。
ずっとこうしていられないのは何となく感じていた。最近ミカンが僕を見つけられなくなっているからだ。目の前にいても目線が合わないことが多い。明日はミカンの初めての誕生日なのに。もしかしたら僕のことが見えたのは1歳になるまでの特別な時間だったのかもしれない。そうすると今日が僕たちの最後の1日。お気に入りの公園で、すっかり眠っているミカンの目の前で僕は待ち続ける。ミカンの最後の思い出にどんな顔しようかと、ずっとずっと考えながら。