第91回 小さい秋

「すみません、紅葉は今どうなっていますか?」散歩していた公園で僕は突然外国人に話しかけられた。もう散り始めてますが色はまだまだ鮮やかですね、と答えると「散り始めたんですね」と寂しそうに呟いた。寝袋や防寒具を装備しているのを見ると、彼はしばらくここに寝泊まりしているようだ。確かにこの公園は紅葉が有名で、海外からの観光客も多いと聞いたことがある。きっと彼も紅葉に魅せられて滞在しているのに、紅葉は今どうなってますか?とはどういう意味だろう。僕は少し気になって話を聞いてみた。

私の国に紅葉はないんです。でも小さい時にテレビで見た、紅葉している日本の景色がどうしても忘れられなくて、いつか日本に行きたいってずっと思っていたんです。なかなかお金が貯まらなくて実現出来なかったんだけど、去年目の病気にかかって視野が段々狭くなって来た時にこの旅行を決断したんです。でも間に合わなかった。今、私はほとんど景色が見えていないんです。あんなに見たかった美しい景色が目の前にあるはずなのに。だから近くを通る人に紅葉の様子を聞いて、日々の変化を感じているんです。

分厚い眼鏡の奥にある彼の目には、この美しい紅葉の景色は映っていなかった。治療すれば目は見えるようになるの?と聞くと「途方もない金額があれば可能かも知れない。でも現実的には無理なんです」そう小さく言って彼は座り込んでしまった。かける言葉が何も見つからない。僕は散ったばかりでまだ色の鮮やかなモミジをいくつか拾って、彼が持っていたガイドブックに挟んでその場を離れた。数年後、数10年後でもいい。いつか目が見えるようになった時、彼の心の中に真っ赤な景色が広がることを信じて。