第92回 ねじれた先に

「フジタタカノブさんですね」駅のホームで電車を待っていると、誰かが大きい声で言ったのが聞こえた。なんとなく声の方向を見ると、妙に目の据わった警備員の男が立っている。次に来る電車が最終電車だからもう周りにはあまり人がいない。僕に向かって言っていたのだ。僕は「違います」と答えてまた携帯に視線を戻した。今も昔も僕はフジタではない。

「私はあなた達をずっと探していたんですよ。犯人グループがこの辺りに住んでいるという情報を聞いてから、私はこの駅の警備員として何年も働いてきた。いつかこうやってあなた達に復讐するために。こんな事をしても妹は帰って来ない。でも絶対にあなた達を許すわけにはいかない」僕に向かって話し続ける男が少し怖くなって「何の話か分からないけど、僕はあなたの探しているフジタじゃない。勘違いしてますよ」そう言っても警備員は首を横に振るだけだった。

「カンゴールハットに斜め掛けのバック、PUMAのスニーカー。これだけ証拠が揃ってるんです、あなたがフジタだ」そう言うと突然警備員は僕につかみかかって来た。酔っていたせいもあって、僕は簡単に線路に落とされてしまった。腰を強く打ったのか全く立ち上がれない。最終電車の光が近づき、猛烈なサイレンが響く。助けてくれ! 僕はフジタじゃない! 必死に叫んで懇願する僕を、警備員は恍惚の表情で見下ろしていた。

事故発生の放送が何度も流れ、駆け込んでくる駅員で騒然とするホームの片隅で、警備員の男は手帳を開いた。そして正の字で8本目を書き入れる。犯人グループは確か4人だったが、男にとってそんな事はもうどうでもよかった。まだ手に最後の感触が残っている。興奮が冷めないうちに家に帰ろう。警備員の男は運ばれて行くタンカーに深々と敬礼し、その場を足早に去って行った。