第94回 片腕のテキ屋

僕は祭りが嫌いだった。屋台で焼きそばを作っている親父を友達に見られるのが恥ずかしかったからだ。親父は生まれつき左腕が無くて片腕だけで焼きそばを作る。その様子を面白がる人達も多い。そんな姿を「かっこいい」と言う友達もいた。でも僕は親父が変わり者扱いされているみたいで嫌だった。

中学1年の夏に地元で有名な花火大会があった。「今年は良い場所が取れた」と張り切った親父は膨大な材料を仕入れ、この日ばかりは家族総出で会場に向かったが、急な土砂降りで花火は中止。その夜から毎日、持ち帰った焼きそばを食べ続けることになった。重苦しい空気の中で食べ続ける焼きそばが美味しいはずが無い。僕はあの時から20年近く親父の焼きそばを食べていない。

先週久しぶりに母親から電話がかかって来た。お正月に近所の神社で最後の屋台を出すから孫たちを連れて食べに来て、という電話だった。2人とも最近体調が余り良くなくて、今度の正月でテキ屋を引退しようと決めたそうだ。それならと思い、僕は正月に家族を連れて久しぶりに実家の近所の神社に向かった。たくさんの目新しい屋台が並ぶ中、年季の入った昔ながらの焼きそば屋台はすぐに見つかった。

親父は相変わらず無愛想だが、片腕で器用に焼きそばを作っている。今日で引退だからか、最後の仕事を楽しんでいるような母親が僕たちに気づいて大きく手を振った。じいちゃんとばあちゃんの屋台を初めて見た子供達が興奮しながら駆け寄っていく。親父の屋台がこんなにも誇らしくて温かいものに思えたのは初めてだ。売り切れる前に買わなくちゃと思い、子供達を妻に任せて行列に並んだ。ずっと嫌いだった祭りと焼きそば。僕は今日から好きになれるだろうか。